愛鷹山
行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩)

◆1月5日
川崎 (7:29) +++ 御殿場 (9:25/9:35) === 愛鷹山登山口 (10:04/10:10) --- 富士見峠 (10:45/11:00) --- 黒岳展望台 (11:35/11:40) --- 黒岳 (11:50) (テント泊)
◆1月6日
黒岳 (7:40) --- 富士見台 (9:10/9:20) --- 越前岳 (9:35/9:50) --- 呼子岳 (10:25/10:30) --- 割石峠 (10:45/10:55) --- 蓬来岳 (11:05/11:10) --- 鋸岳 (?) --- 位牌岳 (12:30/12:40) --- 袴腰岳 (13:25/13:30) --- 愛鷹山 (14:25/14:35) --- 片浜(17:35/17:48) +++ 川崎(19:11)

山日記

カヤトの原をバスは走ってゆく。
車窓の外には雲から少し顔を覗かせた富士山の姿があった。バスの中はぐりんぱ(遊園地)やイエティ(スキー場)行く人でものすごく混んでいた。その中で一人ザックを抱えた僕は「何も愛鷹山登山口へ行くバスはイエティ行きだけではないだろう!」とため息をついた。

愛鷹山登山口でバスを降り、車道を歩き出す。
フラフラしているのは正月休みの不摂生のためだけではない。いつもより少しだけザックが重いのだ。
今回は冬山の装備をいくつか試したいと思って持って来た。
1.ガスボンベ2個(雪を溶かして水を作ってみる)
2.アイゼン(でかいザックを担いでのアイゼン歩行の練習)
3.テルモス(冬山ではペットボトルの水は凍って飲めなかったので)
4.ホカロン(シュラフ内でどれだけ効果があるかを試す)
5.その他、冬山の装備を背負った時の疲労度+根性を確認する。

ところが雪なんて全然見あたら無い。年末31日日から2日へかけて大寒波が日本列島を覆い、山の天気は大荒れだった。きっと愛鷹山でも雪が降っているに違いないと思って来たのだけれど予想は大ハズレだ。

舗装道路を歩いて20分で山神社へ到着、神社前の広い駐車場には5,6台の車しか停まっていない、正月だからしょうがないけれど閑散としている。
そこからヒノキ林の中を40分ほど登って行くと愛鷹山荘へ到着した。山荘の玄関には正月のしめ飾りがしてあったけれど人は誰も居なくてひっそりとしていた(水場は涸れていた)。
山荘から少し登ると富士見峠へ到着。富士見峠とは言うものの木々に覆われていて富士山は見えない、遠く自衛隊の砲撃音が響いていた。

黒岳への登山道はいつ出来たのだろう?以前来た時には登山道は無かったけれど最近買い直した地図にはしっかり登山道が表記されているので行ってみる。
富士見峠からヒノキ林の中の急勾配を登って行く。木々の間からはっきりとは見えないけれどチラチラと富士山の姿が見えているので気になって仕方ない。

黒岳展望広場はそんな富士山眺望の願望を満たしてくれる場所だった。北側が開けていて正面に富士山の姿がでっかい。だけどその姿は西から次々と流れ来る雲の塊に隠されてしまい富士山が見えるのはほんの一瞬だけだった。
富士山はやっぱりエライぜ!雲間にチラッとしか見えないのだけれど白い雪をまとった山頂は陰影がくっきりしていて太陽の光が当たった箇所はハッとさせるほど鋭く光を反射させている。中空で存在感丸出し!って感じだ。

ひっそりと佇む愛鷹山荘。正月くらい人が居てよ!
立地場所がよくないなー、登山者のために頑張って欲しい!

山は危険がいっぱい!
しかしこれほどの危険な場所があるだろうか?
絶対に踏み抜けない場所。

黒岳展望広場からの富士山は絶景!ただ広場って感じでもない場所なので名前は”富士山見つめていたい台”にしてほしい。

黒岳展望広場から黒岳までは葉を落としたヒメシャラの樹林帯を歩いて行く。頭上からの日差しも暖かくて明るい道だ。
突然ポッカリと視界が開けた、黒岳山頂だ。
山頂は一面草原になっていて北側の眺望が良く、箱根山、丹沢、御正体山、御坂山塊が一望出来、そして何より富士山が嬉しくなるほどドーンと真正面にでっかい!
一体どこにピントを合わせたら良いのだっ!!!

登山口にあった案内板では愛鷹山で富士山の展望が一番良いのは黒岳展望広場と書かれてあったけれど黒岳展望広場より山頂の方が良いな!と思う。
ここでザワザワとテントの虫が騒ぎ出した。予定では越前岳山頂で幕営するつもりだった。ところがここは広いし、明るいし、そして富士山正面ドドーンだし、こんなに誘惑されてしまってはここで幕営するしかあるめい!


黒岳への登山道。こんなの明るくて好きな感じです。

黒岳山頂は広かった。植物保護の柵がある。どんな花が咲くのだろう

暖かいなー!金時山を見ている図。
時間は12時前なのに行動終了!

2008年一発目の登山は冬山の装備を確認するのもひとつの目的だけれどそれはそんなに重要ではない。だいたい登山口からまだ1時間半しか歩いていなくて、これでは冬山の装備を持っての疲労度確認にすらなってないのだ。
今回の山登りの最重要使命はご来光を拝みつつ“ホークス優勝祈願”にある。だったら少しでも富士山がでっかく見える場所の方がご利益があるってもんだ!
ホークスをこよなく愛するファンとして今年一発目の山として選んだのがその名も愛鷹山。ソフトバンクホークスの優勝を祈願して昨年の王岳に続き今年もこんなベタな名前の山へやって来た。

昨年のホークスはチームの打率、防御率がリーグ1位なのに順位は3位と悲しい成績に終わってしまった。王監督も今年でユニホームを脱ぐと言っているし今年こそは絶対に優勝して欲しい。だから日帰りでも登山出来る山にテントを背負ってやって来たんだ。
しかし昨年は“王監督が病気から復帰して優勝!“となれば野球界も最高に盛り上がったのに日本ハムはその辺の空気が全然読めてねぇー!


黒岳は富士山の眺望が良いじゃん!
思わず”今年こそはホークスの優勝よろしくね!”


午後4時の富士山。快晴なのだけれど富士山の下、遠く丹沢や御正体山は雲の下だった。


午後5時に日が沈む。少し赤く染まった。息を吐くように宝永山の下辺りから雲が湧き上がる

富士山の4変化。僕ももう寝ます。イエティ・スキー場の明かりだけが輝いている。どこかガサツに見えます。

あまり早くからテントを張ると他の登山者の邪魔になるので(この日山頂で会ったのは親子二人と迷子になった猟犬を探しに来たハンターのオッちゃんの3人だけだった)、夕方までシートの上に寝転がって山々を見て、本を読みつつ、山々を見て、ラジオを聴きつつ、そして山々を見るといったパターンで過ごした。(暖かい日だったから出来たのだろう)
この山頂に来た時には富士山は雲に覆われてあまり見えなかった。それが時間が経つにつれて段々と雲が少なり、午後2時頃には雲ひとつ無いない青い空が広がった。
先日、山田洋次監督(映画の)があるテレビ番組で「雲ひとつ無い空の下で富士山の姿を見るとなぜか可笑しくて笑ってしまう」と言っていたけれど、こうして富士山と真正面から向かい合っていると「平和」とか「安心、安らぎ」といった言葉が重なってしまう。やっぱ日本人だねぇー!
あーっ正月の富士山もいたってノンキです!

3時半になってテントを設営するとすぐにお湯を沸かしてウイスキーを飲み始めた。
銘柄はもちろんキリンの“富士山麓”(だからこんなベタが好きなんだって)。
5時になって夕食、その後はお酒を飲みながらラジオを聴いていたらもう眠くてたまらない。
時間はまだ6時半、早いけれど寝よう。


朝はこうしてやってくる。
こんな景色って山でしか見れないと思う。
朝起きた途端に往復ビンタを食らったように目が覚めた。
御殿場の夜景の上に三日月が昇っていた。

シュラフで心地よく眠るコツの一つが下半身を暖かくするという事。だけど冬はそれが難しい。ダウンのズボンやゾウ足(テントシューズ)を買えば問題は解決されるのだけれど冬山での幕営頻度が低い僕にとってそれらの装備を買うのはあまりに勿体ない。
そこで今回はコンビニで10袋150円ので売っていた使い捨てカイロを試してみようと思った。
血液の循環を考えると足の裏(土踏まず)に貼り付けるのが一番効果的だと思いホカロンを二重の靴下の間に入れ、シュラフにもぐり込んだ。

夜8時、あまりの暑さに目が覚める。のどがカラカラに渇いていた。
今まで何度か冬の低山で幕営したことはあるけれどその中で一番暖かい夜だった。そんな暖かい夜にホカロンを試しているオレってアホや!とまだ泥酔した頭で思った。
でもせっかく持って来たホカロンを外してしまうのは惜しいので着ていたダウンジャケットとズボンを脱ぐことにした。この夜のシュラフの中はアンダーウェアとフリースの上下、それにホカロンで丁度良い温かさだった。

翌朝、テントから出てみると東の空の下から真っ赤な色がにじみ出していた。空の上はまだまだ漆黒の宇宙が広がっていてそれが地上に向かって赤くグラデーションしている。地上では御殿場の街が蛍のようなせい弱な瞬きを繰り返していた。
日の出も良いけれど僕はこの日の出前のこの予感に満ちた光景が好きだなぁー。

朝食を作りながら日の出を向かえた。
雲一つない空の中で富士山が紅く燃えた。あまりに見事なその光景にホークスの優勝祈願するのを忘れてしまいそうだったけれど慌てて拍手を2回打つ。
目覚めたばかりの富士山、ガラスのように澄んだ空気の向こうにそびえる富士の姿はあまりにでっかくて、実際にはその姿は視野の10%くらいだろうけどこうして目の前にでんと構えられると80%くらいの勢いはある。もう視界のほとんどは富士山って感じだ。

富士山を見ては写真を撮り、その合間に朝食を食べお茶を飲む。日の出後は実に出勤前みたいに慌しく出発の準備を行う。
そう言えば、この時期だったらテントの内側には真っ白な霜が一面に付いている状態なのに今朝は何も付いていなかった。そんな暖かい朝だった。


富士山が真っ赤に燃えている。なんかオレ一人で見るって勿体ないよーっ!
願いはただ一つ!さあ皆さんも声をそろえて叫びましょう。
一夜を過ごした黒岳を後に越前岳へ向かう。
道の左側(東側)のアチコチに立入り禁止の札があってロープが張られている。以前は細い尾根上に登山道があったようだけれど今は東側が崩落してしまったので尾根の西側に道が付け替えられたみたいだ。

黒岳展望広場からずっと展望の無い道だったけれど富士見台でやっと富士山が見えた。
「戦前の50銭紙幣の富士山はここからの・・・」と案内板があったけれど僕が生まれる前の事なのでさして実感も無く、って言うか今では50銭紙幣自体が珍しいだろう?と思いつつただただ富士山の姿にウツツをぬかした。この展望台は越前岳で一番良く富士山が見える箇所らしく十里木高原から登った登山者は越前岳山頂からこの展望台までピストンする人が多いみたいだ。

富士見台から緩やかに登って行くと目の前に大きく海が広がった。越前岳山頂だ。
眼下には駿河湾の海岸線が遥か西へ延びていて富士市の町並みはジオラマのよう、さらにその向こうには南アルプスの山々が横一直線に並んでいる。南東方向に見える伊豆半島の天城山は薄い雲海の中にぽっかりと浮かんで見えた。山頂の北側は木が生い茂っているのだけれどその上にしっかりと富士山が見えていた。
越前岳山頂は予想以上に展望が良かったのだ。(これで2度目の登頂なのでけれど前回はガスって何も見えなかったから)

なんかすぐ登ってしまうんだよね!富士見台。
だけど脚立の上からはそれはそれは素晴らしい景色のオンパレード、南アルプスもしっかり見えてます。


越前岳山頂。風が強くて周りの人は寒いを連発してた。
でもオレにはカンケーねえー!でもこの写真のオレってどこかナヨナヨしてて好きじゃねー!

ひえーっ寒い!山頂で眺望を楽しんでいると十里木高原から登ってきた人が山頂に着くなり叫声を上げる。
黒岳からこの山頂の間で風を感じることは無かったけれど越前岳山頂では風が強かった。僕はあまり寒さを感じなかったので風の強さが気にならなかったけれど周りの登山者は「寒い寒い」を連呼していた。。
今朝の天気予報では「今日の気温は高く、風も無く3月中旬くらいの気温になるでしょう」と言っていたけれど、この山頂へは駿河湾から風が直接吹いてくるのでその風は冷たく、けっこう強い風だった。もし今日が西高東低の冬型の気圧配置だったらかなりの強風になるのではと想像出来る。
昨夜は黒岳で幕営したけれどこの広大な眺望を目の前にしているとここで幕営した方が良かったのでは?と思ってしまう。富士山は思ったよりしっかりと見えているし、それに何より海に沈む夕日や富士市街の夜景、夕日に沈む伊豆の山々の姿、そんなとびっきりの景色がここで出会えたのではないか?とちょっと後悔してしまった(ただし風が強かったら幕営は必死になるけれど)。

越前岳から石割峠へ向かう道は痩せ尾根だった。道は狭くて枝があっちこっちから飛び出ているのでザックと引っかかり歩きにくかった。
少し降っては後ろを振り返る,その度に越前岳の向こう側に富士山の姿が段々と隠れてゆく。

越前岳山頂から少し降りた地点からの南アルプス。青空の中にくっきりと名峰が浮かび上がっていた。
駿河湾の展望が良い呼子岳を過ぎて石割峠へ到着。さてここからが問題だ。
最初の計画では須山(愛鷹山登山口)→黒岳→越前岳(幕営)→石割峠→須山とかなりユルユルな計画だった。だけどこうして雪が全くないのであれば位牌岳やその先の愛鷹山まで縦走することも出来る。愛鷹山へ来たからには自分に活を入れるため、そして何と言ってもホークスのため、やっぱりここは最高峰の越前岳だけではなくきっちりと愛鷹山へ登っておかなければいかんのだ!
だけど僕の決断を鈍らせるのは…
1.鎖場の連続する鋸(のこぎり)岳をでかザックで行くのはつらい
2.位牌岳から愛鷹山まで藪って道が不明瞭な箇所がある
3.愛鷹山から駅まで長い車道歩き
など不安要因が多々あり、それにここから下山すれば1時のバスに乗って、5時には自宅で”笑点”を見ながらお酒を飲めるなどという結末もまた魅力的だし、どっちにするべきか決めかねていた。

「ほんなこつ、ケツの穴の小さか男たいねー!」(byのだめ)
そうなのだ!俺様も今年は少しでもケツの穴の大きな男(これだと意味がちがうよっ)にならなければ、びびり屋を返上し岩場もホイホイと登っていく男にならなければ、目指せあらぶる男!なのだ。
正月早々、岩場にビビって帰ったとなれば後味の悪い山登りになってしまいそうだ。今年最初の登山はきっちりと”ホークス優勝祈願”の主旨を貫徹すべく愛鷹山へ向かうことにした。(しかし愛鷹山って何で愛鷹山塊のはじっこにあるのだ)

ここまでのユルユル登山モードから一変して峠から急勾配を登って行く。
峠からわずか10分で着いた蓬来山の山頂には案内板があって「ここ蓬来山から位牌岳までのルートは山が古く風化・崩壊が進んでおり非常に危険です。滑落死亡事故も発生しておりますので立ち入りはご遠慮ください」と書かれていた。
白状すればこの警告文でビビってしまって縦走するのをやめようと思う自分も居たわけなのだけれど文末が「ご遠慮下さい」となっているのがどうも曖昧でこれが「登山禁止!」と書かれていればスパっと潔く中止したのだけれど「ご遠慮下さい」でははなはだ抑制力は弱く、ホークス優勝を夢見る僕の突進を止める力は無かったのだった。

呼子岳山頂からの富士山。駿河湾の展望も良かった。
しかし愛鷹山って変わった名前の山ばかり


どーぞ、お願いします!蓬来山の石仏にこの先の鋸岳の無事通過をお願いします。

ひぇーっ!山頂から歩き出していきなりの超ヤセ尾根で登山道の右側は切れ落ちていた。
ヤセ尾根の先にはいきなりのカニの横ばい。横ばいの距離は短いけれど鎖が固定されていないので体重を預けることが出来ず危なっかしい。そして一旦降って今度は岩場をよじ登る。
越前岳と黒岳の中間にある鋸岳展望台から見た鋸岳の印象そのままで鎖場の連続だった。
鋸岳は見た感じも妙義山に似ているけれど岩場の感じも似ている。妙義山の岩場を少し小さくような岩場だけれど道が荒れていてホールド箇所が少ないので鎖に頼って登ることになってしまい、でかいザックを背負って体を引き上げるのは大変だった。
岩場の連続に「何で正月早々、こんな金玉が縮上がるような目に遭わなきゃいかんのだ!予備のガスやアイゼンなんか持ってくるんじゃなかった!」と使いもしなかった装備の重さにイライラしてしまった。

どの岩場もしっかりと鎖が付けられているので(地元の山岳会の方が整備されているらしい)注意して登れば問題なく通過できるのだけれど以前歩いた時よりも岩場が難しくなった感じがする。今回はザックが大きいのでそう思うだけなのだろうか?岩場が得意な人はヒョイヒョイと登れてむしろ面白い位かもしれないけれど僕にとっては出来れば二度と歩きたくないルートだ。

鎖場を10箇所ほど通過し木の生えた優しい登山道に戻ったときには正直ホッとした。
振り向くと越前岳の上に白い富士山が少しだけ見えていて、おりからの冷たい風と重なって涙がにじみ少し揺らいで見えた。
位牌岳がもうすぐそこと言う所までやって来ると安堵したのもつかの間、山を大きく巻くように長い鎖場が出現した。30メートルほど水平に巻き、垂直に10メートルほどの鎖をよじ登る。
今日一番大きな鎖場だったけれど足場は広く、高度感も無いのでここは楽に通過できた。
急な勾配を登っていくと位牌岳山頂へ到着した。

位牌岳山頂から富士山を臨む。位牌って名前は陰気だけれど気分は良い感じ。
鋸岳での写真は無い、撮る余裕なんか無かった!

もうここまで来るとこの先に岩場は無いのが分かっているので正直ホッとさせられた。
火照った顔に冷たい風が心地良い。山頂は木々が多くあまり展望は良くないのだけれど木々の間に見える富士山の姿は苦手な岩場を通過した僕には何よりのご褒美に思えた。

富士山から視線を左へ移すとそこには「平成10年秋の長雨によりこれより鋸岳までの縦走路は崩壊した所が多く非常に危険です。立ち入りはご遠慮ください」とこちら側にも警告の案内板が立っていた。

位牌岳から降って行くと前方にはこれから向かう愛鷹山までの稜線がなだらかに駿河湾に向かって伸びている。
山頂付近で4人のパーティーに挨拶したら「その大きなザックで鋸山を越えたの?」と感心した声を返されたのでちょっと気分が良かった。今年初めの“したり顔”なのだけれど気がついたらいつまでもニヤニヤしているのには自分でも呆れてしまった。

昨年、あるテント場で一緒になった男性が「学生の頃、山に登ると山頂に立つのがやたら嬉しかったけれど、こうして歳を重ねていくと山頂までの途中も嬉しくてしょうがない」と言った言葉に共感を覚えたけれど位牌岳から先は明るくなだらかな尾根道になり、まさしく歩いているだけで嬉しくてしょうがないという感じの道が続いた。
時々、木々が途切れると視界が開け、今歩いてきたばかりの鋸岳の全貌が見えた。鋸岳は鋭峰の連続で本当にノコギリなのだ!あのぶっそうな山のどこの登山道があるのだろう?誰か歩いていないかな?と目を凝らしたけれど誰の姿も発見出来なかった。

 


いっぷく峠付近からは富士山と越前岳、鋸岳が縦に並んで見える。それぞれが個性的な山容をしてる。
あのギザギザの鋸岳を越えてきました。冷たい風も気持ち良い瞬間。
いっぷく峠付近からは富士山と越前岳と鋸岳が縦一列に並んで見えた。
3つの山はそれぞれ形が異なっていて個性丸出しの山々なのだ。
こうやって見ると愛鷹山は富士山の子分みたいな存在に見えるけれど実際は愛鷹山の方が富士山よりずっと古い山でしかも富士山より高い山だったのだ。
約70万年前の火山爆発によって富士山は出来た、それ以後、数度の爆発を繰り返し今の大きさになっていったのに対し、愛鷹山は火山の噴火で山頂が吹き飛んでしまい低くなってしまった。
ここから見る越前岳は丸っこい山だけれどあの山頂は爆発であんなに丸くなってしまったのかな?などと太古の時代に思いをはせていると5時から”笑点”を見れなかったことなんてどうでもよくなってしまうのだ。(だから富士山と笑点を比べるなって!)

以前来た時には位牌岳から愛鷹山の間はうっそうとした藪があって道が分かりづらい箇所があったけれど今回歩いてみるとそんな箇所は無く、鋸岳が通行自粛されこっちまで縦走する人は減ったはずなのに道は返って分りやすくなっていた。
馬場平は丹沢の日高に感じが似ている場所で笹原にブナの巨木がドデンドデンと立っていた。木の根元に立って上を見上げると青空いっぱいに枝が広がってなんとも爽快な気分にさせてくれる。

袴腰岳からの展望はイマイチだったけれど山名を表す標柱は立派です。

馬場平はアチコチにブナの木がズッコンと生えている場所。良い場所。

ほんなこつ!踊っているブナの木にも富士山はよく似合う。

そして最終目的地の愛鷹山へ到着。
愛鷹山塊は富士山の南側に位置しているので一日を通して澄んだ青空の下、スッキリと富士山が見えていた。そして最後の山、ここ愛鷹山でも壮観な富士山の眺めは変わらなかった。
山頂は原っぱになっていて北側の展望が良く、誰も居ない山頂で一人富士山を眺めながらポットのお茶を飲んでいたら「やっぱりがんばってここまでやって来た良かった、石割峠から降りなくて良かった!」としみじみ思う。
山頂のすぐ下にある愛鷹神社(桃沢神社)で祈願するのはもちろんホークス優勝!今年こそ王監督の胴上げを見せてください!少ないお賽銭がカランと乾いた音を立てた。

冬の日暮れは早い。
ここであまりのんびりすることが出来ないことをもどかしく思いながら愛鷹山を下って行く。
視線の先には駿河湾の大海原が広がっていた。海面はどこまでも薄いモヤに覆われていて水平線と空の境もぼんやりとしている。
振り返ると今にも倒れてきそうな富士山を愛鷹山がしっかりと支えているように見えた。


とうとうやって来ました愛鷹山
う、う、う、ホークス優勝よろしくね!とあくまで軽かった。
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