西吾妻山

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩、***:その他)

◆3月4日
米沢(8:05) === 白布温泉 (8:46/9:00) *** 北望台 (10:00/10:15) --- 天狗岩 (11:00) --- 西吾妻山 (11:25/11:40) --- 西大巓 (12:05/12:10) --- 西吾妻小屋 (12:40) --- 北望台(13:10) --- 天元台(14:20/14::35) *** 白布温泉 (14:40/14:45) === 米沢 (15:29/15:41) +++ 東京(17:56)
山日記

シャワーを浴びてアンダーウェアを着る。
全身を包むような心地よい圧迫感にブリッと気合が入る。
特に今日は一段と気合が入っているのだ。スノーシューで一度は歩きたかった山、僕の中ではスノーシューハイキング・ベスト1、2の山をこの土日で一気に歩いてしまおうという贅沢な計画、昨日は蔵王で樹氷を大いに堪能し、そして今日はいよいよ灼熱の第2弾!西吾妻山を目指す。

やっぱり朝は温かいご飯と味噌汁に限る・・・昨夜はお酒も控えめにして10時に寝たので日頃の睡眠不足も一気に解消し、朝から食欲旺盛なのであった。
ホテルの朝食はバイキング方式だったのでお腹に入るだけ飯を詰め込む。卵ぶっかけご飯をかっ込んでいるとテレビで天気予報が始まった。
昨夜の天気予報ではしっかり“晴れ”だったのに何でだ!?今朝の予報は“曇り”に変わってしまっている。

「朝から昼まで曇り、晴れるのは15時以降になるでしょう・・・」気象予報士の冷ややかな言葉に一瞬にして意気消沈してしまった。
だけどここで気落ちしても始まらない。持っている土日キップを使ってどこか天気が良さそうな場所に移動するか?と画面を見ると長野は少し晴れが多そうだった。しかしいくら新幹線が早いとはいえ今から長野まで行ったのでは山に登っている時間は無い。
しょーがない!ここは天気が悪いのを覚悟して予定通り西吾妻山へ行くことにした。

米沢駅から白布温泉行きのバスに乗るとバスの乗客は6人だけ、それも僕以外の5人のおかあさんたちはどうやら白布温泉で働いている人達らしい。昨日の蔵王温泉行きのバスは増発までしていたのにえらい違いだ。

白布湯元からはロープウェイとリフト3台乗り継いで一気に北望台へ登って行く。
リフトの係員は親切で登山者がリフトに乗るときだけスピードを遅くしてくれるのだけれど、これが返って恥ずかしい、それに他のスキーヤーに迷惑かけているようだし。たしかに登山者はリフトに乗り慣れていないかもしれないけれどたかがリフト、そこまでしなくても良いですよ!

北望台でリフトを降りて北方面の空を眺めると遥か先までびっしりと鈍色の雲に覆われていた。西吾妻山を見上げると白いガスが山肌を縫うように音もなくスーッと漂っている。


天狗岩付近。この辺りから樹氷が綺麗になっていくのだけれど・・・曇り空の下ではぬぼーっとした雪の塊にしか見えなかった。

やはり天気予報通りの曇りだ。上がらないテンションのまま登る準備をする。意外だったのは予想以上に登山者や山スキーヤーの姿が多かったことだ。雪山では他の人のトレースがあるのは楽だし、それにこんな天気では何かと心強い。

見ているとスノーシューやかんじき、スキーを履いて登って行く人もいるけれど僕はツボ足で登って行った。足には何もつけずになるべく軽くした方が疲労度はずっと少なく楽に歩ける。
僕の前を歩いているスキーの男性は傍目に見てもかわいそうなほどゼーゼーと背中で息をしていて思わず「スキー外した方が…」と余計な助言したくなるほどだ。

30分ほど登ると稜線に出た。
なだらかな斜面に潅木帯が広がっている。ここには樹氷の森が広がっているはずだった。だけど一面白いガスで何にも見えない。
今回の“スノーシューを買ったからには行くしかないけんね!”ツアーのきっかけはヤマケイ96年12月号の記事、みなみらんぼうさん、岩崎元郎さんの「誘われるままに出かけた雪の西吾妻山」を見てからだ。それまでの雪山の印象はというと厳冬の北アルプスに代表されるような氷と岩と雪の過酷な世界でとても僕のような素人が近寄れない厳しい世界を想像していた。
ところがヤマケイで見た西吾妻山の景色はそれまでの雪山の印象を一変させるように柔かで・・・ピッケルも要らない・・・楽に登れる・・・
おまけに記事のサブタイトルがまた良かった「そこは叫びたくなるほどの感動の世界!」
これは行くしかあるめぇ!と思った。
だけど・・・憧れの景色は今ここには無かった。

西吾妻山への道は緩やかに高度を増していく。雪の上には10〜30メートル置きに赤布を付けた棒が刺してあるし、トレースもしっかりあるので道に迷う事はなかった。
空を見上げると太陽の輪郭が雲にぼんやりとにじんで見え、雲が通り過ぎるたびにハッキリしたりぼんやりしたりと明度を変えた。
この雲もそんなには厚くはないのだろうな!この雲の上にはギラギラとした太陽が輝いているのだ。まったくけしからん雲だ!


西吾妻小屋付近から見た西吾妻山山頂。
少し晴れ間が増えたような・・・


西吾妻山山頂からは皆さん好きな所を歩いて、滑って降りて来る。

天狗岩の社は大部分が雪に埋もれていた。
ここでスノーシューを付ける。無くても歩けるのだけれどたまにズボッと踏み抜いてしまうのが気になってしまうし、せっかく持って来たスノーシューもこのまま使わないのではザックのアクセサリーになってしまう。
ここまでの樹氷はあっちこっちから枝が飛び出していて無惨な感じがしたけれど、この辺りから雪がしっかり付いて正しく真っ白な樹氷になってきた。
ただ昨日、青空の下で見た樹氷はどこか綿菓子を思わせ、見ているだけで山登りの楽しさを増長させたけれど、今こうして白いガスの中に無数に並んでいる樹氷はどこか墓標みたいで感動も一緒にガスに閉じ込められてしまったみたいだ。

西吾妻小屋前の分岐点には行き先を示す標識柱が立っていたけれど柱の頭が数センチを雪の上に出ているだけで肝心の文字は見えない。周りを見回すと小高くなっている場所があるのでそこが西吾妻山山頂だと思い、念のため地図とコンパスで確認すると向かって行った。


西吾妻山山頂。どこが山頂だか分からない。曇っているし展望は無いし弾け損ねた百名山だった。

西吾妻山山頂は雪に埋もれてしまっていて広い山頂には山頂を表す標柱も何も見当たらず、山頂に着いた達成感がいまいち実感出来なかった。曇っているし、眺望は無いし、百名山に立った感動もどこか薄くて何ともしまらないのだった。
この当たりが山頂かな?と思われる場所でおにぎりを頬張るとただおにぎりの冷たさが歯にしみた。

んーん、今回の山登りはこれで終了だ、さあ帰るか!と思った途端に頭上の雲が切れて一瞬、空が広くなった。わーっ!周りの人からも歓声があがる。雲の間から自分を囲む周りの山々の姿が見えたけれど風が吹くとろうそくの炎が消えるみたいにまた見えなくなってしまった。

山頂から避難小屋へ向かって降りて行くと雲が取れて少しだけ青空が顔を出した。そのスキマから太陽の光が差し込んで周りを照らした。その途端にそれまで燻っていた雪が眩しいほどいっせいに輝き出した。
いいぞ、いいぞ!今登ったばかりの西吾妻山山頂もドキッと透き通る空の下で蒼い陰影を作った。
山頂から10人ほどのスキーヤー達が思い思いのシュプールを描きながら滑り降りてくるのが見える。
晴れるかもしれない!予報では夕方から晴れだったけれど、今日の低気圧は少しせっかちなのかもしれない。


西吾妻山山頂から降って来ると少しだけ青空が広がった。少しだけ光が差すと雪が動き出した。

こうなると予定変更だ!今日はまともに太陽を見ていないし、せっかく晴れ出したのにここで帰ってしまうのはあまりに惜しい。予約した新幹線には乗れなくなってしまうくらいどーってことない。”風林火山”の放送に間に合わなくたって構わないのだ!

天気予報より早く天気が回復するのを期待して西大巓へ向かった。
ところがこの期待もすぐに裏切られ、歩き出した途端に雲が広がってしまった。


西大巓山頂。時間も風も止まっていて、ガスの中に人の姿が霞んでいた。

風が全く吹かないのも辛い!大粒の汗をかきながら登り着いた西大巓山頂はガスって真っ白だった。こんなことなら予定を変更するんじゃなかった、風林火山見たかった!
山頂に居た人の話ではここ西大巓へはグランデコスキー場から登って来る人も多いということだった。こんな天気じゃここから白布温泉へ戻るのも面倒だし、いっそグランデコスキー場へ降りようか?という考えも浮かんだ。だけどスキー場から駅までバスがあるかどうか分からないのでやっぱり白布温泉へ戻る事にした。
天気の回復を信じてやって来ただけにこの戻り道はかなり落ち込んだ。

西大巓からかなりへこんで西吾妻小屋へ戻って来た。
つい一時間前には20,30人ほどの人がスキーをやったりスノーハイクをしている姿があったのに、皆さんどこに行ったのか?今は誰の姿も見あたらない。
小屋の前には20余りのスノーシューが雪に刺してあって、小屋の中はスノーハイクの団体さんと思われる人達で大にぎわいだ。
こんな時はパーティーが途端に羨ましくなる.たとえ天気が悪くても仲間とワイワイやっていればそれはそれで楽しいだろう。だけどソロはやる事が無くて困ってしまう。こんな山行が続くとひきこもりになってしまいそうだ。

そんな楽しそうなパーティーを尻目に一人白布温泉へ向かった。
若女平への分岐点で唖然としてしまった。小屋からここまでの道にはしつこいほどのスキーやスノーシュー、かんじきの跡が付いていたのだけれど、そのトレースが示し合わせたように皆一斉に分岐点から若女平へ向かっていた。
これだけくっきりと跡が付いているってことはほとんどの人が若女平へ向かったのだろう。どうやら西吾妻山での山スキーやスノートレッキングのコースは北望台までローウェイとリフトで登り、西吾妻山から若女平道を白布温泉へ降りるのが一般的らしい。
地図を出して確認してみると、ここから白布温泉へは北望台経由でスキー場を降りても、若女平道を降っても時間はほとんど変わらない。だったらゲレンデを歩いて降りるよりも若女平道を降りた方が面白いのでは?と思ったのだけれどローウェイの往復チケットを買ってあるし、北望台までにもし少しでも晴れることがあれば見られなかった景色と会えるかもしれないと思って予定通り北望台へ向かうことにした。


枝から雪が落ちて行く。山も春に向かっているのだ。

昼近くになって気温が上がったからなのだろう。あっちでもこっちでも雪がざざーっつ音をたてて樹氷から雪が崩れ落ちて行く。
今年は暖冬で樹氷も、もうこれで終わりなのかもしれない。ちょっと寂しげな光景なのだけれど、これも春に向かっての序章だと思うと雪の中から飛び出してくる緑の枝が春の暖かさを思い出させる。

稜線から北望台へツガの樹林帯を降る。
枝から水滴が次々と滴り落ち、まるでシトシトと小雨が降っているみたいな音が白くガスった景色の中でさざめく。

北展望台からゲレンデを歩いて降りているとその横をスキーヤーが気持ち良さそうに滑走して行く。情けねーな!このくらいの斜度だったらスキーがへたっぴな僕でも滑ることが出来るのに!と思う。
前に登った入笠山のパノラマスキー場はスキーヤーとの衝突を避けるためか?ゲレンデが荒れるからなのか?ゲレンデを歩くことは禁止されていたけれど、このスキー場は逆にリフトで降りることは出来ず歩いて降りなければ行けない(もっともリフトで降りるのはもっとカッコ悪いけれど)。
ゲレンデをテクテク歩くなんてカッコ悪くて嫌だったけれど、せめてもの救いだったのはゲレンデが広く、スキーヤーは少ないのであまりスキーヤーの好奇や嘲笑の視線にさらされることが無かったことだった。

2つのゲレンデを降りて、いよいよ最後のゲレンデの上に立った。遙か下にローウェイ天元台駅が見える。ここで時計を見ると14時10分だった。地図のコースタイムで北望台から天元台駅まで2時間の距離をわずか1時間で歩いたことになる。特に急いだということは無いのでやっぱり雪があると降り易いのだろう。
まてよ!ここから急いだら諦めていた白布温泉発14:45のバスに間に合うかもしれない!

一気にゲレンデを駆け下りて天元台駅に14:20に到着。スノーシューを外しているとローウェイの発車のベルが鳴り響いた。慌てて駅に駆け込むとゴンドラが滑るように降りて行くのが見えた。
次の発車時間は?と時刻表を見ると次は14:40だった。ローウェイの運行時間は5分だから14:45のバスにはギリギリな時間である。このバスに間に合わないと次の16:30発のバスまで1時間半も白布温泉駅で待たなくてはいけない。これは辛い!

ギリギリと歯ぎしりしながらふとチケット売り場を見ると「バスに遅れそうな方は申し出てください」と張り紙がしてあった。
良いのかな?と半信半疑だけれどダメモトで係員に「45分のバスに乗りたいのですが…」と言ってみると「それではすぐに臨時便を出します!」と意外とあっさりと聞き入れてくれた。
「ただいまより臨時便を運行します!」との放送に待合室に居た乗客の「臨時便だって
ぇ、どうしたんだろう?」という声が聞こえる。「ごめんごめん」と僕は心の中で手を合わせた。

バスの中から西吾妻山を振り返る。
つい一時間前は曇り空だったのに今はそれが一変して青空に変わっていた。
青空を押し上げるように山の上に沸き立つ雲。その向こう側に太陽はあって雲の輪郭を金色に輝せている。
んなろーっ、晴れるのが遅いよ!はーっ、思わず大きなため息が出る。
田んぼに積もった雪に反射した陽光がテカッっと明るく車内を照らした。
ザックに付けたスノーシューに残っていた雪が融け、バスが揺れるたびに床に幾つもの水の筋を作った。
また来年来るしかないな!西吾妻山の樹氷をもう一度確かめにこよう!と思った。
かすかな晴れ間に見えた樹氷でさえあんなに素晴らしかったのだから・・・

今回の「スノーシューを買ったからには行くしかないけんね!」ツアーはこうして一勝一敗で幕を閉じたのだった。


今年最初で最後のスノーシューハイクは一勝一敗で終った。
●山麓をゆくへ   ●ホームへ
inserted by FC2 system