大菩薩嶺(小金沢連嶺)

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩、ロープウェイ:***)

◆5月2日
立川 (5:55) +++ 笹子 (7:06/7:25) --- 滝子山 (9:50/10:30) --- 大谷ヶ丸 (11:30/11:45) --- ハマイバ丸 (12:40/12:45) --- 大蔵高丸 (13:15/13:20) --- 湯ノ沢峠 (13:40/14:00) --- 白谷丸 (15:00)
◆5月3日
白谷丸 (5:10) --- 黒岳 (6:15/6:20) --- 川胡桃沢ノ頭 (6:50/7:00) --- 賽ノ河原 (7:20/7:25) --- 牛奥ノ雁ヶ腹摺山 (7:50/8:05) --- 小金沢山 (8:45/9:00) --- 石丸峠 (10:25/10:30) --- 大菩薩峠 (11:00/11:05) --- 雷岩 (11:40/11:50) --- 上日川峠 (12:40/13:00) === 甲斐大和 (13:45/13:58) +++ 立川 (15:00)

山日記

笹子駅から車道を歩いて桜森林公園へやってくると登山準備をしている男性と女性の姿があった。
挨拶を交わすとこの二人はソロで二人とも寂ショウ尾根を登ると言う事だった。僕も寂ショウ尾根登山道の存在は知っていたけれど、持っている昭文社の地図ではこの登山道は破線表示の難路となっており「危」とか「迷」とか黄色文字の存在が小心者の僕の選択を拒んでいたのだ。
ただ女性の話によると寂ショウ尾根道は滝子山への最短ルートであり、最近はこの道を登る人も多く、道もしっかりと踏まれて迷う様な箇所は無いらしい。(危険な箇所があるかは不明だけど)それに今の季節は山ツツジが(6月にはイワカガミが)えらく綺麗らしいのだ。

山ツツジにはそんなに惹かれ無かったが滝子山への最短ルートという言葉には惹きつけられた。ただでさえ笹子駅から遠回りしている感があったので「んじゃー、オレも行くかぁー!」と行く気満々になってしまった。だけどこのデカザックを背負って急な道をはたして登れるだろうか?と小心者が顔を出す。
結局、最初の計画通り、沢沿いの登山道を行くことにして一人歩き出した。

林道から登山道へ入り、しばらく登っているとそれまでずいぶん下に見えていた沢との高度差が段々と無くなってきた。
そろそろこの辺りで沢を渡るはずだけど・・・だけど目の前の谷間は一面の雪に覆われていて道が消えてしまった。おまけに大木が何本も倒れており前に進むのも大変になった。
雪の上に残った多分一人だと思われる足跡を頼りに沢を渡り、向こう側に雪から少しだけ見えている登山道をようやく見つけることが出来た。

雪と夏道が交互に現れる道を登って行く。すると道が大きく崩壊している箇所に出くわした。雪の上の足跡はその崩壊箇所を山の斜面側に大きく迂回していた。
僕もその足跡を追いかけて斜面を登って行くとその足跡が突然と雪の上から消えた。ふと上を見ると一人の男性が猛然と山の急斜面をよじ登っていた。僕との距離は50mほどだけどそこに登山道があるようには見えない。なぜ山の斜面を登っているのだろう?もしかしたらこの先の道の崩壊がひどいのでこの男性は一旦上の尾根道まで登ろうとしているのだろうか?すごく気になったけどもう僕の疑問が届く距離ではなかった。

僕も男性の後を追って尾根道まで登ろうか?それとも自分で道を探しながら進もうか?悩んだけれど、もしこの先で道が崩壊しているなら、何らかの警告が道のどこかに掲示されているだろうし、ここは基本に戻って夏道を探しながら進んだ方が安全だと判断した。
そんな不安の気持ちで歩いていたから大きく崩壊した先に登山道を見つけた時にはほっとした。

その先にも何だか不安要素いっぱいの分岐があった。以前来た時には(2005年5月)こんな分岐は無かったような気がする。分岐の表示には山沿いと沢沿いの道が示され、沢沿いの方には(難路)と書かれている。ここは素直に山沿いへの道へ向かった。

山沿いへの道はしばらく登ると、途中で曲沢峠への道と分かれ、再び沢沿いの道と合流したのでやっと安心できた。しかしだ、まさか滝子山に登るだけでこんなに苦労するとは思わなかった。2月の大雪がまだこんなに残っているなんて全くの想定外だ。

登山道が防火帯に変わる。この辺りから唐松の木々が目立つようになる。まだ新緑というには程遠いが芽吹いたばかりで枝が淡い若草色をしている。針葉樹の良い香りが鼻腔をつんとさせる。これぞまさしく森林浴、フィトンチッド効果なのだ。
振り返ると木々の間に雪を覆った八ヶ岳や奥秩父の山々の姿が春のどこかぼんやりとした青空に浮かび上がっていた。

滝子山山頂からこれから歩く小金沢連嶺を望む
登山途中で木々の間から見える富士山はくっきりと見えていた。だけど滝子山頂に登ってみると富士山はもうすっかり雲の中だった。それに空全体を見てもずいぶんと雲が増えてしまって、山頂からぐるりと周りの山々を見渡すとあちこちの山肌に灰色の影を落としていた。

山頂で休んでいると登山口で会った女性が寂ショウ尾根を登ってきた。
「あらっずいぶん早かったですねぇー」
「登山道のあちこちが雪に埋もれて、それに崩壊している箇所とかあったりして大変でした」
「あーっあの道は結構前から崩壊している箇所が多いですよ」
そのことをなぜ教えてくれなかったんだぁー!すでにズボンは泥で真っ黒だった。

こんな風に富士山は見えなくなってしまった


大谷ヶ丸山頂、南アルプス側だけ展望が開けていた

小金沢連嶺の良い所
1) 富士山、南アルプスの眺めが良い
2) 登り降りの起伏がそんなにハードではない
3) 草原が多く、歩いていて気持ちも開放される
そんな訳で今回の山歩きにタイトルを付けるとしたら「むはっ!GWはのんびり行こう山の旅」(センスねぇー)
と言う事で滝子山まで登れば後は楽。この後はもうのんびりと歩いて行くのだ。

ただ今の季節、嫌な事が一点ある。それはハエがうるさいことなのだ。歩いている時は良いけれど、立ち止まると顔にハエが群がってイライラする。
今度この山に来る時にはフマキラーを持って来てブシュッーとやるけんね!と思ったけど、実際そんな事している登山者がいたらかなりアブナイ奴と見られてしまうからやらないけどね。

ハマイバ丸への登り、早くも憧れの草原
大谷ヶ丸からハマイバ丸へ向かうといよいよ草原。空の開放感にやたらと風が心地良い。
だがうっかりと歩けはしない。草原になった途端に鹿の黒豆がてんこ盛りだ。黒豆ばかりじゃないぞ今日は白豆もてんこ盛りだ。(鹿の白豆は食べ物の違いなのだろうか?)
それに小鳥の種類も変わった。滝子山ではエナガが多かったけどこの辺りはヤマガラが多くて、まだ色が少ない山の中ではそのオレンジ色がいっそう鮮やかだった。

それから以前来た時とは違うことがもうひとつ。草原の中を進む登山道の両脇にはしっかりとロープが張られ、植物生育のため草原の中に立ち入ることは出来なくなっていた。(今はまだ草原はただの枯草だけど夏になると多くの高山植物が花を咲かせるらしい)
もちろん絶滅危惧種のオキナグサの群生地も立ち入ることは出来なくなっていた。花を見れなかったのは残念だけどこれも仕方ない。

初めてこの大菩薩南峰嶺を縦走した時、不思議に思ったことがある。コンドウ丸-大谷ヶ丸-ハマイバ丸-大蔵高丸とやたら「丸」の字がつく山名が続くのだ。船じゃあるまいしナゼ山の名前が丸なのだ?
ネットで調べてみると丸は朝鮮語の山を指すモリ、峰を指すマルがその語源で、西暦700年頃に多くの百済人が甲斐に移住して来たらしい。そんな昔から小金沢連嶺は人と繋がっていたのだ。この先、山も人も変っていくのだろうか、それとも変わらないのだろうか。登山道に張られたロープを見ているとふと未来を考えてしまう。

ハマイバ丸山頂、展望は無い頂


大蔵高丸の山頂、ハエが大量発生に悩む

大蔵高丸に到着した時にはかなり雲が多くなっていた。富士山も全然見えない。
そして何よりハエが多いのには参った。立ち止まっていると顔に無数のハエが群がってくるのでうるさくてしょうがない。水を一口飲むと逃げるように湯ノ沢峠へ降りて行った。

湯ノ沢峠の水場は避難小屋の直ぐ下だと記憶していたけれど、どうも記憶違いだったみたいだ。水場は小屋から3分ほど降った所にあって水量は細かった。ここでポリタンに水を入れるとキャンプ予定の白谷丸へ向かった。
避難小屋にはソロの男性が2人居るだけだったので僕も泊まる余裕は十分あったけれど今回はどうしてもテントを張らなければいけない理由があるので小屋には泊まらなかった。ここの避難小屋は外見はオンボロで不気味だけど中はきちんと整理清掃されている。おまけに電気が来ているので夜でも小屋内は蛍光灯で明るい。

大蔵高丸の花畑、今は枯れ草状態だけど夏はスゴイらしい
湯ノ沢峠から白谷丸へのガレ場だった道は崩壊していて別の道が作られていた。道は笹が刈り取られたばかりのようで切り株で滑ってしまって歩き難かった。
白谷丸へ着いた時には汗びっしょりになっていた。

3時に着くとさっそくのご褒美ビール。ぬるくなっていてもやっぱりビールはうまい。
このままダラダラと景色を眺めながら過ごして4時になったらテントを張ろうと考えていたら3時半頃に小雨が振り出した。
向こうの甲府市街地の方は晴れているのに何でここだけなんだよ?と思いながら慌ててテントを張った。



4時にアラームが鳴った。
テントのファスナーを開けて顔を出して見る。そこには満天の星空、頭上から富士山へ天の川が繋がっている。カメラを掴んでテントの外へ、星空をファインダー越しに眺めた。

「すいません、こっちを照らさないでください!」

心臓が止まるかと思った。
こんな所で幕営しているのはてっきり自分一人だけだと思っていたので(ワインを飲み終え、昨夜8時に寝た時には確かに他に誰も居なかった)いきなり暗闇の中から声がした時は本当にびっくりした。
暗闇の中、よーく目を凝らして見ると男性が一人、山頂の端っこでやっぱり星空(もしくは夜景)の撮影をしていた。


白谷丸の山頂にテントを張った、富士山の眺望が良い場所

左の丸い山頂が白谷丸。快晴の一日の始まり
今日は良い天気になりそうだ。
まだ青色に成りきれていない空の中で富士山頂の雪が光を集めている。
展望の無い黒岳山頂を過ぎると草原が始まった。残雪が多くて所々で道を覆い隠しているけど不安は感じない。西の空では甲斐駒から聖まで南アルプスの山々がその山頂の特徴だけを雪の白さに浮かびあがらせている。
何て気持ちが良いんだろう。晴れは無敵だ!太陽の下では心の中まで陰が無い!

山梨の森林100選、黒岳の広葉樹林。黒岳山頂は展望なし
川胡桃沢ノ頭でデッカイ富士山と久しぶりに再会を果たし、賽ノ河原へ降って行った。
カラマツはまだ芽吹いたばかりで色は無いけどシラビソの新緑が目に鮮やかだ。
山には色んな種類の木があるのだ、当たり前だよなぁー、だけどこれも全て神の造形と言う言葉が前頭葉の隅っこで小さく弾けた。

賽の河原、テントを張った跡があった
小金沢山頂を過ぎると雪が道を覆い隠している箇所が多くなった。尾根の西側斜面を巻くように作られた細い登山道は完全に雪に埋まっており、足下が不安定で慎重に歩いていった。

狼平への降りは完全に雪に埋まっていて踏み跡も少ないので道がどこか分からなかった。時々立ち止まっては道を探しながら歩いた。
前方からトレイルランナーが走って来てすれ違った。振り向いてその後姿を見るとソックスが泥だらけで真っ黒に汚れている。トレランもこんな雪道では大変だなぁと思った。
でぇ、更にその男性を観察しているとやはり道が雪で埋もれて分からないらしく、たまに立ち止まっては道を探している。だけど立ち止まっている間も足踏みをしっかり続けているのだ。5歩走っては足踏み、10歩走っては足踏みを繰り返している。
僕はトレランに関して全く知識は無いけれど立ち止まっている時も足踏みしなけりゃいけないの?本当にトレランは大変だと思った。そしてなぜか嬉しくなった。

牛奥ノ雁ヶ腹摺山からの眺望、色んな木々があって綺麗な場所
狼平って最初に来た時はすごい藪だった記憶があるのだけれど、どーもそれも記憶違いらしい。ここもやっぱり気持ちの良い草原なのであります。
ブルーの大菩薩湖の眺めも良くて(ただこれは自然破壊だって言う意見もあるけど)やっぱり山の上から湖や海が見える風景は一抹のヤッホー清涼感なのだ。

狼平付近からの大菩薩湖、後ろは南アルプス
石丸峠で急に登山者の姿が増えた。やっぱりGWは人が多いなぁー。でも多くの登山者はここから上日川峠へ降って行く(もしくは登って来る)人ばかりで、ここから30分かけて狼平まで行けば更に良い風景が見られるのに・・・もったいない!と思ってしまう。

さて、三脚で自分自身を撮るの(セルフポートレイト)はここで最後です。この先、大菩薩峠はもっと沢山の登山者が居るでしょ?その中で セルフポートレイトを撮っていたら絶対に「寂しい人」って思われてしまいます。
ただでさえザックがでかくて自虐的だと思われるのに更に印象を悪くすることはありません。「孤独なM男」って後ろ指を指されたくはないからね。

狼平です、以前は笹薮で道に迷ったことがあるけど、今は開放的な場所
まったく予想していた以上の人の多さです。大菩薩峠から雷岩まで、世の中にこんなに山登りが好きな人が居るって事が信じられない。だって僕の周りには山登りする人なんて誰も居なし、どこからこんなに人が集まってくるのでしょう。弁当を食べてる人、シートに寝転がっている人、写メしている人。
のんびりと風景を楽しむことはもう出来なかった。けれどいつもより富士山が大きく見えた。すごく大きく見えた。今年は山頂の残雪が多いからなのか?周りの喧騒とは対照的に中空に森閑と浮かぶ富士山の姿はやっぱり崇高的だった。

やばいっ、あまり富士山に見とれていると「孤独なM男」と思われそうだ

石丸峠、あれっ?人が大勢居たはずなのにたまたま僕しか写っていない
雷岩から唐松尾根を降って行く。
途中で10人ほどの学生らしい男女がデカザックを背負って登って来た。僕以上にザックがでかいので思わず「縦走ですか?どこまで行くの?」と尋ねてみると「大菩薩峠まで行って戻って来ます」との返事。
福ちゃん荘のテント場にはいくつものテントが張ってあるのが見える。
「んじゃーそのでかいザックは何?」
「あーっこれ、訓練のためです!」
トレランも大変だけど大学の山岳部も大変だなと思った。そしてやっぱり嬉しくなった

大菩薩峠、食事がおいしい介山荘が隣接している
上日川峠で左足がヒリヒリと痛んでいるのに気がついた。靴を脱いで見ると踵が靴擦れしてしまったらしく靴下が血で真っ赤に染まっていた。予定ではここから裂石の登山口まで歩こうと思っていたけれど血を見たら急にその元気がなくなってしまった。
目の前には甲斐大和駅まで行くマイクロバスが並んでいた。

大菩薩嶺の稜線を行く、ここで今回の山とはお別れです
初めて見る上日川ダムは七倉ダムに似ていて積み上げられた石が広い河原を思わせた。
大菩薩峠ではまだ芽吹いたばかりの唐松もバスが高度を下げて走っていくにつれ段々と新緑に変わっていった。透明感のある新緑が綺麗だと思った。
山はこれから遅い春を迎えるのだ。車窓から見上げる山はきっぱりと太陽に照らされていて山全体が一つになって何処かを目指しているかのような力強さがあった。

トレランのお兄さんは今頃ゴールしたかな?
山岳部の学生達はきっと悶絶してるな?
僕はと言えば・・・今さら何で靴擦れなんかしてんだ、情けねぇー!。あーっ二日間着ていたシャツが臭い。
アカシアの花が風に揺れている。
くたーっとした気持ちの中で色んなシーンがキラキラとした春の光と重なり合ってゆく。
また懲りずにこんな事を繰り返してしまうんだろうな。だけどそれはやっぱり嬉しくなってしまうことなのだ。
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