白馬岳

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩、***:その他)

◆8月27日
新宿 (22:30) === 白馬八方 (5:50/6:10) --- アダムゴンゴラ駅 (6:20/7:15) *** 八方池山荘 (7:45/7:50) --- 八方池 (8:45/8:55) --- 唐松岳頂上山荘 (10:45/11:00) --- 唐松岳 (11:20) --- 不帰ノ嶮U峰南峰 (11:50/11:55) --- 不帰ノ嶮T峰の頭 (12:50/12:55) --- 天狗ノ大下りを登った所 (14:00/14:10) --- 天狗ノ頭 (14:20) --- 天狗山荘 (14:55) (テント)
◆8月28日
天狗山荘 (5:00) --- 鑓ヶ岳 (6:10/6:20) --- 杓子岳 (7:20/7:50) --- 白馬岳 (9:15/9:55) --- 葱平 (11:20/11:25) --- 白馬尻 (12:35/12:40) --- 猿倉 (13:15/13:55) === 白馬駅 (14:05/15:04) +++ 八王子 (18:01)
山日記 (8月27日)

「まもなく白馬に到着します」
アナウンスと同時に車内に照明が点った。息を潜めて居たかのように静まり返っていた車内がそれを合図にザワザワと動き出し、いっせいにカーテンが開けられた。
あーぁ、んー、・・・アチコチからため息がもれる。車窓の外に広がる山々はスッポリと灰色の雲に覆われ、谷間には何か巨大な生き物を思わせる白い雲がゆっくりと漂っている。
空をグルリと見渡すと雲のほんの一部から青空が覗いている。これからこの空のカケラがドンドンと広がって行けば良いんだけど!まだどこかボンヤリとした頭の中で思った。

夏山の混雑時期を山小屋のオヤジに訊ねると、以前は梅雨明けから10日が第一のピーク、8月に入って少し下がるが再び、お盆休みで第二のピークとなっていた。ところが最近は盆休みを分散して取得するためか?梅雨明けからお盆までずっと混んでいるという話だった。
そのせいかもしれない。今年の夏はチケットが全く取れない!どうしちまったんだ!。梅雨が明けてからというもの、金曜日になるとJRのムーンライト信州やアルピコの直行夜行バスに予約の電話をするがいつも満席だ!
もっとも僕が予約するのは出発当日の金曜日なので満席になっているのも仕方ないのかもしれないけれど、それにしてもここまで満席なのは珍しい。

今では懐かしい長野オリンピックのシンボルマークがゴンドラ駅に描かれていた

昨日もみどりの窓口に行ってみると既にムーンライト信州は満席だった。今週もダメかな?ってアルピコに電話すると「座席の残りはあと3席です。お客様は何名様ですか?」と言われて「ひ、ひとり、ひとり、ひとり・・・」嬉しくて咳き込みながら返事をしてしまった。

八方のバス停で出発の準備をする。コンビニで買った弁当をせわしくかき込みながら目の前の八方尾根に視線を移す。ゴンドラのケーブルが山のスロープを這い上がり、やがて雲の中へと消えている。
およそ2ヶ月ぶりの山登り、やっと夜行バスのチケットが取れて・・・それがこんな曇り空!
でもまぁ、天気予報は晴れだ。これから晴れる可能性も高い。いやいや、夏は朝のうちは雲が下がっていることが多いからこの空模様はむしろ普通かもしれない、ってことはこれから晴れる可能性大!
晴れるか?曇るか?ウダウダ悩んでいてもしかたない。ゴンドラ乗り場へ向かう足取りもけっして軽いとは言えないけど、とにかく山は登ってみなくちゃ分からない!

ゴンドラ駅には登山者が30人ほど乗車待ちをしていた。今から山に登るという登山者っていうのはどこか体に覇気が感じられるものだけれど、どの人も疲れてクターッという感じだ。
ケッ、どぎゃんしたと?何か嫌な予感がするばってん!と博多弁で思いながらチケット売り場へ行ってみると「営業時間7:30〜17:00」の札が置いてあった。
と言う事はなんだ!ここで1時間10分の待ちかぁ!!!地図を出して登山道を探したがすごく遠回りになってしまってこれじゃやっぱり待つしかない!
山小屋へはどんなに遅くても日没の1時間前には着きたい。夏だったら出来たら15、16時に着いてテントでのんびりしたいところだ。ところが今日の予定では天狗山荘到着が17時なのであまりのんびりも歩けないぞ、厳しい山行になるな!と覚悟していた。そんな時、夜行バスが予定よりも50分早く八方に着いたのでおーし、おーし!と喜んでいたのに、ここで1時間10分の待ちってことは結局予定よりも30分遅くなって到着時間が17時半だ。日没が18時だから益々のんびり登ってられなくなってしまった!かなり厳しいなー!
およそ2ヶ月ぶりの山登り、やっと夜行バスのチケットが取れて、ゴンドラ登山で楽々ユルユル〜、お酒もいっぱい持って来た・・・持って来るんじゃなかった!もっとザックを軽くすれば良かった!

ゴンドラ乗り場前で憮然憤然としている50人ほどの登山者の姿を見て、ゴンドラ会社の人もこりゃヤバイな!と思ったのか急きょ7時からゴンドラが運行されることになった。
7時になってチケット売り場のシャッターが開いた。そこへ待っていましたとばかりに登山者が殺到する。
僕はと言えば、結局計画していた通りの時間に戻ったわけだし、ここは安心し余裕シャクシャクで行列の最後尾に並んだ。
そこへ登山ツアーの100人ほどが到着。チケットは先に買ってあったのだろう、売り場に並ぶ僕達の視線を尻目に乗り場前に整列した。
僕の前に並んでいたおかあさんが「ここで50分も待っていた私たちって何なのよ!」と唖然としている。
順番が50番目からいきなり150番目になってしまった僕も呆然としてしまった。

左:ゴンドラ駅の乗り場前にはほぼ150人の行列。さっさとキップを買うんだったなー!

右:第二ケルン辺りを登っているところ。写真ではよく分からないけれど山の上まで続く長蛇の列。さすがに白馬は人気の山です。

グォーンとゴンドラは一気に1360mへ向けて上って行く。空が段々遠くまで見渡せるようになっていく。眼下に広がる風景はけだるい色のままだけれど雲のアッチコッチに青空が覗いていて晴れへの希望はまだまだ捨てきれない。

ゴンドラからリフトへ乗り換えて更に上って行く。足のわずか50センチ下ほどを白や黄色の花が次々と流れて行く。8月最後の休みだけど、どーにか、夏に間に合ったよ!じんわりとした安堵感に包まれる。
突然、周りが明るくなってカーッと背中が暑くなった。やったとうとうお天道様のお出ましだ!
しかし喜んだ途端に影が無くなった。ほんの短い時間だったけれど日が差したってことは、これから晴れるんじゃないか?と予感させる一筋の光だった。

二つのリフトを乗り継いで八方池山荘へ到着。一気に標高1840mまでやって来た。まったく楽々登山だねぇー!と思う反面、これじゃ観光客と変わんないぜぇ!ちょっと情けないかも!と思ってしまうが、まー、楽々登山も良いでしょ!お酒もいっぱい持てるし!
相変わらず空はずっしりと重たそうな雲に覆われている。下からも雲が上がって来て展望は全く無い。が天気予報は晴れだ!そのうち晴れてくるでしょ!と歩き出す。

目の前のガスが晴れて登山道の先の方まで見通すことが出来るようになる度、延々と続く登山者の列の長さには驚かされる。
白馬岳はさすがに人気の山だ。それに八方尾根にはリフトがあって楽に登れるし、単純に考えると僕の前には先にゴンドラに乗った150人もの登山者が歩いているはずなのだ。


残念無念!の八方池
カメラのアングルはほぼ同じだとおもうのだけれど・・・
晴れていたら左のチケットの写真のような風景が待っていたのね!
あーっ、来年また来よう!
そのうちきっと晴れた日にめぐり逢うでしょう!

このコースを歩くのは初めてなので登山道からの白馬三山の眺めは楽しみにしていた。特にガイドブックやパンフレットに紹介せれている八方池越しの白馬三山はぜったいスゴイけんね!と登る前からはちきれんばかりに期待していたのだった。
ところが、こんな天気だから八方池に来ても何んにも見えなかった。八方池の周りにはグルリと白い壁があるだけ。
隣で休憩していたおとうさんがゴンドラのチケットをポケットから取り出してチケットの写真と目の前の風景をしきりに見比べている「この写真てここやろ?晴れていたらこんな景色がみられるんかー」と大きなため息をついた。
まったく同感!僕も大きなため息をつくしかなかった。

今日は一体何人の人に追い越されるんだろう?登山者がズラリと多いので次々と50人ほどに追い越されてしまった。
ということは僕の前だけでも既に200人ほどが歩いていることになる。
ただ最近はどんなに追い越されても他人のペースに惑わされることなく自分の歩くペースが維持出来るようになった。自分が思い描いている歩き方に段々と近づいて来ている感じがする。
こんなに登山者が多くては山小屋はとんでもなく混雑するんではないの?あーっ、テント場もいっぱいでは?と焦ってしまうがはやる気持ちを抑えてここはマイペース、マイペース。

八方池を過ぎても相変わらず周りの山は雲の中だった。ガスってなかったらどんなに素晴らしい景色が目の前に展開していただろうと思う。
ここからだったら白馬三山、あの雪のように真っ白い鑓ヶ岳!それに唐松、もしかして五竜も見えるのかな?なんて想像してみるが目の前の白いカーテンが自分の今見ることが出来る映像のすべてだと思うと途端にちくしょーっ!と空に向かって叫びたくなってしまうのだ。

歩いていると大パーティーに追いついた。パーティーのメンバーは僕よりずっと年上だし、それに一番足の遅い人のペースで進んで行くのでいくら僕が亀足だと言っても追いついてしまうのだ。
いつの間にかそのパーティーの後ろには僕を含めて20人ほどの行列が出来てしまった。パーティーの人は後ろにこんなに人が溜まっていることに気が付かないのか?それとも気が付いているけど気にならないのか?分からないけれど道を空けてはくれなかった。
それだけだったらまだ良いのだけれど、このパーティーがやたらと立ち止まるのでその後ろを歩く僕は歩くペースを乱されてしまいとても疲れてしまった。
何やってんだろうなー!と前方を見ると、パーティーのシンガリを歩いている人がやたら立ち止まっては写真を撮っているのだった。人が横をすり抜けられないほどの狭い道なので、その人が撮影している間、パーティーの後ろを歩く僕達はその度に立ち止まらければいけなかった。
普段だったら待っている間は周りの景色を眺めて感動のため息でもついているのだけれど、今は何にも見えないのでその人が撮影を始めるたびに「またかよぉー!」ってため息しか出てこなかった。
30分ほどして、パーティーのリーダーらしき人が「少し早いけれどこの辺で昼食にしましょう」と少し広くなった場所で休憩に入ったので、後ろを歩いていた僕達心優しき20人はやっと解放された喜びからホーッと大きなため息をついたのだった。


花の写真を撮っていると「xxxは今が見頃ですね!って声をかけられることもシバシバ。その時にチャンと花の名前をメモしとくんだった。
この4枚の写真は八方尾根で撮影した物だけれど名前が分かりません。


天気が悪くて花の写真ばっかり撮っていたけれど、種類が多くてとても全部は撮りきれません。
でも写真の面白いところは実際目で見ている時よりかなり大きく、細かい所まで撮れてしまう所です。
この写真も画面いっぱいの大きさで見ると迫力があって面白いんだけど。

やっと一つのパーティーを追い越したと思ったらその先には別のパーティーが・・・ゴンドラ駅で見た100人のツアー登山者が幾つかに分散して登っているらしかった。パーティーのシンガリを歩いている人が僕に気がついて「特急が来ましたよ。道を開けて!」と叫ぶ。ゼェー、ゼェーと鼻息も荒く一気に20余人を追い越す。せっかく大勢の人に立ち止まって待ってもらっているのでゆっくりは出来やしない。それに、なんと言っても”特急”と言われたプレッシャーもある。ゆっくり登って「けっ、こいつ特急じゃなくて鈍行だよ!」と思われるのもシャクだし。
しかしこの「特急が来ました」って言い方はパーティーで流行っているのだろうか?急行とか快速とか後ろからやって来た登山者の歩くスピードで区別しているわけでも無く、とにかく後ろからやって来た人は全て「特急」なのだ。だったら普通に「人が来ましたよ。道を開けて!」って言ってくれっ!「特急が来ました」って言うのは何故だっ?
登山家の岩崎元郎さん辺りが「こう言うとバカ受けするよ!」って案外推奨してるのかもしれない?
このパーティーを追い越したら、先にまた別のパーティーが居た。そして「特急が来ましたよ。道を開けて!」・・・だから特急じゃないってば!!!

”夏の終わり、ため息混じりの霧の八方尾根”と言った雰囲気で進行していったのだった。

稜線まで・・・牛首岳まで行ったら雲の上に出て視界が開けるかもしれない。そんな甘い期待も見事の打ち砕かれてしまった。雲の上どころか、丁度雲の中にスッポリと入ってしまいガスで視界が50mくらいしかなく、益々悪い状況になってしまった。
唐松山荘は屋根も外壁も赤いデッカイ山小屋だった。そのテラスで休憩をする。ガスガスでおまけに風が強く寒かったのでフリースを羽織ってオニギリを食べる。
あーあっ、本当だったらこのテラスから五竜岳が見えるんだろうなー!このガスの上には澄んだ青空が広がっているに違いないのだ!
そんな時、おーっ!人々の間に歓声があがる。見えたんだ!と思って視線を移すと雲の切れ間にほんの少しだけ山肌が見えているだけだった。こんなちっぽけな山のカケラに一喜一憂する今日の登山者、そして僕、情けなくて元気が萎んでしまいそうだ。

左:撮影の場所は分からないけれど撮影時間から推測するともうすぐ牛首岳という地点です。
ケルンの向こうに青空が少しだけ覗いていたので思わずシャッターを押した。

右:唐松山荘から唐松岳へ向っていると前を歩いている人達から歓声があがった。振り向くとほんの一瞬だけガスが取れて山荘が見えた。

唐松岳山頂もガスガスで何も見えなかった。山名の書かれた標柱だけでも撮ろうとも思ったけれどザックを下ろすのが面倒なのでそのまま先へ進んでしまった。

この先、白いガスの中をひたすら歩くだけになった。唐松岳を過ぎるとあんなに多かった登山者の姿がバッタリと少なくなった。どうやら多くの人は唐松山荘から五竜方面へ向かったらしい。
濃いガスのために目の前の登山道も50m先でフワッと消えている。周りに人は歩いていないし、自分が今、どんなところを歩いているのか、ちゃんと目的地に向かっているのか?フッと不安が頭を過ぎる。そんな時にはコンパスを取り出して針の向きを確かめながら歩いて行く。

ビビリ屋の僕にとって心配だったのが不帰キレットだ。いったい誰だ”不帰”だなんてやけに暗いネーミング!人をビビらせるのも好い加減にしろっ!
このコースを歩くのはこれで2回目、前回の記録を見ると「不帰キレットは大したことは無かった」とある。ただ前回は小屋泊まりでザックは小さかったが今回はでかい。そのでかいザックが岩にズリズリと擦れてしまい、その反動で崖下に落ちてしまうことも十分考えられる。
何て事を色々と想像力豊かに想像していたのだけれど、どの岩場も鎖もしっかりと取り付けられていてビビリ屋でも大したことはなかったのだった。

不帰キレットを過ぎた辺りから更に風が強くなり、同時にガスも濃くなって視界は益々狭くなった。
天狗の大下りを登って行く。地図を見ると等高線の数は少ないのにいくら登ってもまだ先があると言った感じで上まで中々辿りつけない。

やっと登りつめると、登山道は急に緩やかな傾斜になった。
稜線の左側(富山側)に視線を移すとボウボウと風の音が耳の中でウネリをあげ、白いガスが風に身をくねらせながら谷から登って来ては目の前で消えていく。
Tシャツの袖を見ると無数の細かな水滴が付着し、髪からはポタリと水滴が滴り落ちてくる。ブルッと寒気を感じてレインウェアを着込む。
こうなるともう天気が回復するなんてこと考えないし、とにかく早く天狗山荘に着きたい。テントを張りたい。ウイスキーを飲みたい!と言う思考のみで頭はいっぱいになってしまう。


左:唐松山荘から白馬岳までの縦走路にはどこもトウヤクリンドウが群生している。開花はもう少し先みたい?

右:不帰キレットの一つ目の鎖場を越えたところにひょうたんの形をした赤い実があった。

風の中で何かが動いた?良く見るとデッカい雷鳥だった。3羽の雷鳥がカラカラと鳴きながら登山道を横断している。今までに見た雷鳥って大体鳩の一回り大きいくらいの大きさだったけど今回のは丸々とデッカクて二回りはある。そんな雷鳥が強風の中を悠然と歩いて行った。
きっと、今日一日、何にも見なかった僕へ神様からのせめてものご褒美なのだろうと思い、雷鳥の姿がハイ松の中に消えるまでキッチリと見送った。姿が見えなくなると何故かホーッと安心!横断歩道を渡る幼い子供を見送った気分!

雷鳥のおかげで目指せ天狗山荘!一点張りに凝り固まっていた思考がユンワリと広がりを見せた。
あれ、登山道の周りをよーく見るとポツポツとコマクサがあるではないか!!!

僕は花にあまり興味を持っている方ではない。コマクサはそんな僕が強烈に見たい花の一つだった。
コマクサ(駒草)は高山植物の女王と言われ、花の形が馬の顔の形に似ているからそうネーミングされたことは以前から知っていた。2003年の夏に初めて八ヶ岳でコマクサを見た時の感動は震度2くらいでかすかに揺れを感じるくらいだった。ところが後日、コマクサはケシ科の植物で、その根には麻酔効果があるため昔はお百草(何にでも効く薬草)と称して乱獲され激減したという波乱の人生?を生き抜いたことを知った。
そして何より感銘を受けたのが、コマクサの生命力と言うか、高山植物の知恵というものを知ってからだった。水分の少ない砂礫に生息するコマクサは、その細かく分かれた小さな葉で朝露やガス(霧)など空気中に漂う水分をキャッチして根元に集める事で水分を補っているということだ。その事を聞いてから健気に生きるコマクサが無性にいじらしくて愛しくなり、こりゃ見るしかないな!花もそして葉もしっかり見るしかないな!絶対だな!と憧憬の念を抱いていたのだった。
それが開花時期になっても山に行くチャンスが中々無く、今年もダメかと諦めていたのでここでこうして見られて本当に嬉しかった。
ちっちぇーな!こんな小さな葉っぱで水を集めてたんだな!ガスは登山者にとっては嫌な存在だけれどコマクサはとってはまさに命の源。
「たっぷり吸収するんだよ!」目の前を白いガスが流れて小刻みにコマクサを揺らしている。
うつむいたその花は緑の葉の先端まで清爽な純粋さに満ちていた。

写真だ!懸命に生きるコマクサを撮るしかない!とカメラを構えたがシャッタースピードが遅く、ファインダーの中でハラハラと震えるコマクサにシャッターは押せなかった。どこか他でも咲いているだろう!明日晴れた時に撮れば良いや!と諦めた。(ただコマクサはここにしか残ってなくて写真に残せなかったのは残念!)

雷鳥、そしてコマクサと分かれると直ぐに天狗ノ頭だった。
途中途中の通過時間から推測すると天狗小屋に着く時間をかなり短縮出来ているはずだった。地図で天狗ノ頭から天狗山荘までの距離を見るともう近いだろう。
予定より1時間早く4時頃に着かないかな?そんなことを祈りながら天狗ノ頭から降りて行くと、高山植物保護の立札から登山道は右に折れ、突然目の前に天狗山荘が現れた。


天狗ノ頭で雷鳥と出会った。
コントラストを上げてやっとこれくらい見えます。実際はガスで真っ白だった。

予定より2時間も早くついてしまった。
体にまとわり付くガスを払い落とすようにブルッと体を大きく振るわせると小屋の中に飛び込んでいった。
小屋の中にはオレンジ色の電燈がポツポツと点っていて、その軟らかく暖かそうな光の輪は登山者にはホンワリと優しい。ガスの中の一日中歩いて来た登山者にとって山小屋は本当に心強い存在だ。
テントの受付をすると何と一番乗りだった。(結局、この日はテントは3つだけだった)
テント場は稜線の東側で風も弱く、水も残雪からの流水が豊富で良いテン場だ。
テントを設営すると直ぐにお湯を沸かす。残雪でのオンザロックも捨てがたいが今は体が冷えてしまっていて湯気の立ち上るお湯割りが恋しい。

お湯割りを体に流し込みながらテントのファスナーを空け外を眺める。相変わらずガスっていて周りにあるはずの山々は見えない。登山道上の斜面には巨大な残雪があるらしくにぶく白くぼんやりと光を放っている。山小屋は薄ぼんやりとしたシルエットとなり、オレンジの灯りがポツポツと風に揺れている。風の音に混じって発電機のゴゴゴーッという低いうねり音がガスと一緒になってそこらじゅうに漂っている。湿っぽくて落ち込みそうな夕暮れ時だ。

4杯目のお湯割りを飲んでいると無性に眠くなってしまった。ここで眠ってはダメだ!山では昼間はガスっていても夕方になると雲が下がって急に晴れることも少なくない。しっかり起きていて夕焼けを観賞するのだ。
ボーッとしながらラジオを聞いているとウトウトと眠ってしまいそうなので少し早いけれど夕食を食べて目を覚ますことにした。
ところがワインを飲みながらカルボナーラを食べていると更に眠くなってしまった。もー我慢の限界だ!今時間は4時半、日没は6時なのでちょっとだけ、5時まで30分だけ眠ろうとシュラフにもぐり込んだ。

目が覚めるとすっかり暗くなっていた。やっちまった!と時計を見ると夜8時。しゃーないトイレに行ってちゃんと寝よう!とテントを出た。
そこには満天の星空が広がっていた。今まで何度も星空を見てきたがこれほど澄んだ空も珍しい。頭上には幾億もの光がきらめき、その中を天の川が無限に広がる宇宙を雄大に流れる川のように遥か彼方まで緩やかな蛇行を繰り返している。
昼間のあの一面ガスの風景を思うと同じ場所だってことが信じられない!

山小屋の発電機はまだ動いていて低音のビートを辺りに響かせている。
その音の合間にドーンという低い音が混じって来た。隣のテントの人達が外に出て来て「わぁー、すごい!」歓声をあげた。
もしかしてこれって花火?白馬村辺りで花火大会が開かれているみたいだ。隣のテントと言っても30mは離れていて、山の陰になっている僕のテントからは見ることは出来なかった。ただ閃光が雲海で震えるようにほとばしっているのが見えた。
満天の星の下で見る花火かぁー、夏ですね、これも夏の風物詩なんだな!

やがて花火が終わると隣のテントの人達も中に入っていた。それに合わせたかのように発電機も止まり、風の音だけの静寂な夜が訪れた。
鼻の奥がつーんとして一人おいてけぼりされたような気分だ、それでいて地球の中心にいるような気分!
見上げると空にはやっぱり満天の星空!明日は晴れそうな予感がした。


青空が恋しい一日 どこかに青は・・・あった!
二日目へ続く
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