夜叉神峠、鳳凰三山

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩、***:その他)

◆ 2016年11月5日
甲府駅 (9:00) === 夜叉神峠入口 (10:12/10:20) --- 夜叉神峠 (11:25/11:35) --- 高谷山 (11:50/11:50) --- 夜叉神峠 (12:10/12:20) --- 杖立峠 (13:35/13:40) --- 山火事跡(14:15/14:25) --- 苺平 (14:55/15:05) --- 南御室小屋 (15:25)
山日記 (眩しい日差しの中でのため息 編)

バス停にはすでに20人ほどの長い列が出来ていた。
武田信玄像にの向こうに甲斐駒ヶ岳が見える。
あーっ、広河原へ向かうバスも今週で終わりなのだ。

昨年は甲斐駒ヶ岳から農鳥岳まで歩いたので今年は北岳から塩見岳まで歩くつもりだった。
それが休日と晴天が重ならずに気が付けばもう11月だ。
土日休みで塩見岳は無理なのでせめて北岳だけには登っておきたいと思っていたのでこうして広河原への最終バスに乗ることが出来ただけで嬉しかった。

後ろに並んでいた男性は北岳テント泊なのだそうだ。
空は気持ちの良いほどの快晴、その下で待つ南アルプスの姿を想うと自然と会話がはずむ。
そうしたら周りにいた北岳へ向かう人達が集まって来て北岳の積雪状態、水の確保などの情報交換場になってしまった。

あーっ、良かった、座れた!
広河原行のバスって良く分からないのだけれど増発する日としない日があって増発する時は全員座れるけれど今日みたいに増発無しだと当然座れない人も出てくる。
甲府から夜叉神峠入口まで約1時間、座席に座れる人と立っている人の料金が同じだなんて理不尽な感じがする。
それに僕も経験があるけれど山に登る前に既にバスで疲れてしまっているなんて最悪だ。


甲府駅から夜叉神峠までのチケットはかなりのアナログだった。1万円札だとおつりが無いので注意。

夜叉神峠入口でバスの乗客の半分ほどが降りた。
小屋泊りらしい小さなザックとテント泊らしい大きなザックが半々くらいで思ったよりテント派が多い。

谷側に目を向けると木々の向こう、太陽に明るく照らし出された空間は黄色の紅葉に埋め尽くされていた。
夜叉神峠入口付近って紅葉の名所だったのか?と記憶を探ったけれど見つからない。
「涸沢の紅葉のピークは一週間、でも本当に素晴らしいのは3日間だけ」という涸沢ヒュッテのコラムを思い出した。
僕はこれまで美しい紅葉の山と遭遇する機会は少なかったけれどもしかしたらどんな山でも紅葉が美しい3日間が存在するのかもしれない。

売店横のベンチで昼食のおにぎりを食べる。
日陰になっているので足下から寒さが這い上がってくる。
目の前の登山口に大きいザックや小さなザックが次々と吸い込まれるように消えていく。
この先に待っている風景を思い浮かべると期待感でついつい食べるのが早くなってしまうのだ。

夜叉神峠入口から展望のない樹林帯の中のジグザグ道を登って行く。
小さな幸福感、もう終わりかと思っていた紅葉もまだ残っていた。
足下には枯れ葉も多いけれど道を囲む木々の隙間にはしっかりと赤色や黄色を残していた。

自転車を押しながら歩くと自然と早足になってしまう。
たぶんこれは体の重心が前に傾いてしまうからなのだろう。
ストックを使って歩くとやっぱり早足しなってしまうけれどこれも押し自転車と同じ理由なのだろうか?
ストックを使うのは久しぶりだったので夜叉神峠入口から登りだして自分のペースで歩けるまで20分位かかってしまった。

山を登るにはもう遅い時間だったし、同じバスで来た人たちは先にいってしまったので僕の前後を歩いている人は少なかった。
今日は時間に少しだけ余裕があるので周りの紅葉の色を確かめるようにのんびりと歩いて行く。
暑くもなくなく寒くもなく快適な山歩きを満喫するこの季節だけの何と贅沢な時間なのだろう。

木々の向こうから人の話し声が聞こえる。
夜叉神峠から小屋への道を登って行くと突然視界が開けた。


あーっ、夜叉神峠からの北岳はこんなのだった。鮮やかな紅葉と新雪のコラボは透き通る空の中。

眩しい日差しの中のパノラマ。
予期せぬランデブーは空っぽの空の中だった。
少し雪化粧した北岳の姿が黄色に紅葉したカラマツの向こうにそびえていた。

素晴しい!のただ一言しかない。
ただただ目の前の景色に見とれてしまう。
残っていた紅葉と初雪とが創造した景色、その偶然のタイミングに感謝したくなるほどだ。

今回の山行は出発直前まで北岳に行こうかそれとも鳳凰山に行こうか悩んだのだ。
年一回は南アルプスに登っておきたい、でも鳳凰山も捨てがたい。
ところが一昨日のテレビで甲斐駒ケ岳が初冠雪したとのニュースが流れた。
きっと北岳も積雪しているだろうし雪山の装備を考えると北岳へ行くのは面倒だった。

鳳凰山に来て正解だった。
鳳凰山はそれ自身の山も素晴らしいけれど南アルプスの展望台でもあるのだ。
待たせたな!目の前の白峰三山から目が離せない。。


プレゼントの箱を開けたよう、カラマツの紅葉が頑張っていた夜叉神峠は至極のキラキラに包まれていた。

今日は時間に余裕があるので高谷山まで行ってみることにした。
ザックは小屋前に置いてカメラだけ持って行く。体が軽いのが嬉しい。

カラマツ林の紅葉が素晴しく、紅葉を楽しみながらのんびりと歩いていく。
高谷山までは急な登りも無く、白樺が混じる明るいカラ松林の中を20分ほど歩くと山頂だ。
夜叉神峠峠よりもこっちの方が南アルプスに近いので山頂の展望に期待していたけれど眺望はあまりよくなくて木々の間からポチンと北岳だけが少し見える程度だった。


高谷山はカラ松に覆われたひっそりとした山だった。秘密みたいな途中の白樺や楓の紅葉が必見だ。


高谷山頂はあまり眺望は無かったけれど一か所だけ北岳の臨める箇所があった。これも必見な風景なのだ。

再び夜叉神峠へ戻って来た。
高谷山はあまり人気が無いみたいで往復する間に誰とも出会わなかった。
いじらしいほど静かな山登りを楽しむことが出来たので何だか得した感じがした。

周りのハイカーの中には登山口から夜叉神峠まで往復するだけの人も少なくなかった。
もう昼なのでたまたまそんなハイカーが多かったのかもしれない。
でもここ夜叉神峠からの眺望は素晴しくてこの景色を見れたらそれだけで満足する気持ちも十分に分かるのだ。


高谷山から夜叉神峠に戻って来た。カラマツの林と新雪が良いなー!またリクエストしたいキューティーポイント。

小屋の北側は明るい草原になっていてそこがテント場らしい。
男性二人がテントを設営している姿を尻目に辻山を目指して登って行く。

登山道はいきなり急な坂になった。
登山道の周りにはカラマツがびっしりと立ち並び空からの光に黄金色の陰を足下に広げている。


夜叉神峠からはカラ松林の急登。視線も気分も上を向くワクワクのトレイルを歩く在広東オヤジ。

登るにつれて木の樹種も変わっていく。
道がなだらかな登りになるとシラビソなどの針葉樹林帯に変わった。
針葉樹の緑の向こう側には深い谷に向かって黄色く紅葉したカラマツが連立している。
どこかに開けた場所はないのだろうか?カラマツの紅葉を一望できる場所はないのだろうか?と木々の隙間に覗くあまりに勿体ない紅葉を眺めながら登って行く。

杖立峠までは緩やかで単調な登りが続いた。
谷側の木々の向こうには明るい日差しを浴びた紅葉が黄金色に輝いているのとは対照的に登山道は苔むして湿っぽく暗くフラスコの底を歩いているような閉塞感を感じる(フラスコの底を歩いたことはないけれど)。


杖折峠って杖が折れるほどの峠?それほどの難所では無いので訳が分からないけど、まー良いか!

前方から降って来る人達の半分はテント泊らしくでザックがデカかった。
おーし、11月になっても寒さを気にしない破天荒なテント族は多いのだ。
デカザックの人とすれ違う度にフィボナッチ式に元気が増えて行くのを感じる。

山火事跡で視界が開けた。
この辺りにもカラマツの林が広がっていたけれど紅葉はもうすっかりと終わっていて登山道には木綿針のような落葉が重なっていた。
北岳は逆光で白く霞んでいたけれど振り返るとそこには雲海の上に鎮座しているような富士山の姿があった。
北岳がダメなら富士山があるさ ・・・ おーし、水前寺清子の歌みたいなって来たぞ。


ここは間に合わなかった紅葉の山火事跡。足を止めたくなる場所だけど北岳は霞んでしまっていた。


おーっ、富士山の別アングルみたいな見たいな景色。そんな後ろからそっと支えていてくれた安心感みたいな。

林相がクルクルと変わる。
山火事跡から先はシラビソの灌木の中を進んでいった。
柔らかそうな苔の中に杉の幼木が遮光を浴びている。
この小さな影が遠い未来につながりって森を守って行くのだろう。

苺平から辻山へ行こうと思っていたけれど止めてしまった。
もう南アルプスは霞んでしまっているだろう。空白の景色を見に行っても仕方ないと思った。
それに急に寒くなってきた。木々の間から吹き込む風が冷たくてブルッと体を震わせる。
心なしか太陽の光も赤みを帯びてきてもう夕暮れが近いことを知らせている。

苔むした登山道を南御室小屋を目指して降って行く。
軍手をしただけのストックを持つ手は寒さにしびれた。
木々の間をすり抜けた光も今夜の居場所を探しているかのように薄くなってきた。


夕暮れの苺平はとにかく寒かった。辻山へ行くのは断念して南御室小屋を目指して降って行く。

屋根の煙突から白い煙がユラユラと立ち上っている。
吹きさらしの風が冷たくてザックを下ろすと慌ててフリースを着込んだ。
小屋入口の扉を閉めるとピタッと風の音が止んで、もうそれだけで暖かさを感じてしまう。
窓の外は小さく揺れている、寒さは小屋の外に置き去りなのだ。

受付は狭くて中の様子が分からない。今夜は何人くらいこの小屋に泊るのだろう?
情けねぇー!手がかじかんで自分の名前さえも上手く書けない。財布の小銭がつかめない。
テント場代\500円は安い、寒さが身に染みる、良心的な小屋に感謝だ。

小屋前のパイプから水がジャブジャブと出ていた。テント場は30張位張れそうに広い。
でもさすがにこの季節だ、その広いテント場に8張りしかない。

何で皆さん端っこにテントを張るのか?
隣のテントと近いのも嫌なのでテント場のど真ん中にテントを張ることにした。
テントを張った後になって、もしかしてここは通路なのかもしれないと思ったけれど、このガラガラさだ、もし文句を言ってくる奴が居たら蹴とばせば良いやと思った。

今回もフライシートとグラウンドシートをテント本体にくっ付けて来たのでテントの設営時間は10分で終了。

寒いのでテントを設営するとすぐに中に潜り込んでお泊り服に着替えた。
テントの薄い布一枚がしっかりと外気を遮断している。
夕暮れの薄い日差しでもテントの中は暖かかった。
その狭い空間は乾いた疲れに心地良かった。


南御室小屋も明日で営業は最後。この日、何人のハイカーがここに集まったのだろう。

ブシュと大きな音をたたてプルリンクを開ける。
寒くてもやっぱりビールはうまい!
ビールを飲みながら「看守眼」を読んだ。
全身をやんわりと包むような心地良い至福の時だ。

テント場の奥に北岳を臨める場所があるらしいので行くつもりだったけれど行っても見えそうになかったので行くのを止めてしまった。
辻山もそうだけど、もう少し早い時間に来ないと美しい北岳は見れそうにない。

夜7時をまわると周りのテントからも話し声が途切れた。
シュラフに入って見上げるとすぐそこにはテントの天井があって狭い空間の心地よさと安心感を感じる。

眼を閉じると遠くで風の音がしていた。
引き返せない空間に辿りついたような不安、そして安らぎを感じるのはいつものことだ。
シュラフに潜り込む音が小さな空間で木霊した。

秋のスクラムはポレポレ旅 編へ 続く
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