飯豊山

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩、***:タクシー)

◆8月5,6日
浜松町(21:50) === 米沢(5:10/6:04) +++ 小国(7:30/7:40) *** 天狗平(8:00/8:20) --- 展望台(10:50/11:10) --- 門内岳(14:30/15:00) --- 北股岳(16:00/16:10) --- 梅花皮小屋(16:30)(テント泊)

◆8月7日
梅花皮小屋(5:10) --- 烏帽子岳(6:00/6:10) --- 御西岳(8:45/8:55) --- 大日岳(10:00/10:15) --- 御西岳(11:10/11:40) --- 飯豊山(12:50/13:10) --- 切合小屋(15:00/15:10) --- 草履塚(15:30)(テント泊)

◆8月8日
草履塚(5:00) --- 三国岳(?/?) --- 川入(9:45/9:50) === 山都(11:10/11:50) +++ 会津若松(12:16/12:41) +++ 郡山(13:52/14:17) +++ 東京(15:39)

山日記

米沢から盤越西線に乗り込んだ。小国まで2時間あるのでもう一眠り出来るなとウトウトしていると車内アナウンスで「おぐにー、おぐにー」と言ったように聞こえた。到着時間にはまだ早いはずだが気になってホームの駅名を確認してみた。たしかに「小国」と書いてある。訳が分からないがあわてて電車を降りる。僕と同じようにあわててホームに出てきたのが3人いた。みんなザックを背負った登山者だ。どうもこの駅で30分停車するらしく、それで時刻表と時間にズレがあったのだ。


梶川尾根を登ると草原になり展望が開けた
改札を出て登山者3人と話していると天狗平までタクシーの相乗りで行こうという事になった。
天狗平に到着したのは予定よりも1時間早く、その分行程に余裕が出来た。女性二人は丸森尾根、名古屋から来た単独男性は石転び沢、僕は梶川尾根を行くという事なのでここで別れた。
梶川尾根は明るい道で歩いていて気持ちが良い。五郎清水に着いたらおそらく地元の人だろう「五郎清水はここだからさあ飲め!やれ飲め!飯豊山に来てこの水を飲まなきゃ損だ!」(とコテコテの山形弁で言った)としきりに薦める。登山道を少し下った所に水が出ていた。水量は多く冷たくておいしい。乾いた体に冷たい水が浸透していった。
梶川峰にたどり着くと飯豊の山々が目の前に広がった。「これだ、これだよ!いつか見た写真と同じなだらかな緑の稜線が続いている」北アルプスの険しい山も良いがなだらかな稜線の方が僕は好きだ。鎖にしがみついて足下の岩壁に震えたり、三点確保で次にどの手足を動かそうか悩まなくて良いしね。

胎内山から見た門内岳 小さく赤い屋根の門内小屋
足元を見れば花が咲きにおっている。風が強く可憐な花弁も飛ばされそうだ。熊笹が強風にあおられ葉の裏がきらきら輝いている。
赤い屋根の門内小屋には10人位の人たちが休んでいた。コンロで食事を作っている人、銀マットに寝転がっている人。山が大らかなので人もどこかのんびりしているように見える。
門内岳頂上から見渡すと残念な事に飯豊山山頂は厚い雲に隠れている。飯豊山から下山して来た人に尋ねると「ここ数日天気はあまり良くなかった。今日はまだ風が強いが天気は回復して良かったですね!」と少しうらやましそうに言った。

チングルマの実も強風に飛ばされそうだ
門内岳から景色を眺めては花を観賞しながらだらだら歩いていたら北股岳に着いてしまった。山頂は360度の展望でこの景色を独り占め状態だ。思わず開放感から全裸になって「飯豊山と裸男」と題した写真をフレームに収めようとしたがもし人が来たら恥ずかしいので下半身の露出は思いとどまった。
山頂から少し降りた梅花皮小屋は新築中。小屋の周りにテント場があり早速設営を開始した。しかし強風のため一人での作業はなかなか進まない。テントにポールを差し込んで立たせようとするとテントが膨らんだ途端に強風に飛ばされそうになった。
ザックをオモリ代わりにテントに入れておいて立たせようとするがテントがロデオの馬みたいに暴れてペグを打つことが出来ない。仕方ないのでテントがしぼんだ状態でテントの四隅にペグを打ち、固定させてからポールを差し込んで立ち上げた。少しイビツに曲がっているのはしょうがない。
設営してみてもテントは前後左右に大揺れ状態。中に入ってみると底面がばたばたと風にあおられている。近くにあった石をテント内にごろごろ並べてどうにか抑えることが出来たがテント内に石がゴロゴロしているのは何か変だ。

北股岳からの降り 今日の宿泊地梅花皮小屋が見える
翌日、天気は良いが風が強く飯豊山は相変わらず雲の中だった。歩いているうちにどうか雲が取れて欲しいと願い御西岳に向う。道は相変わらずなだらかで楽ちんちん。人も少なくて気分は最高。
到着した御西岳山頂は人が多く飯豊山に向けて30人位のパーティーが歩き出したところだった。昨夜、この人たちは何処に泊まったのだろうか?この小屋に30人以上泊まれるのだろうか?そう思って御西小屋を覗くと中にテレビのスタッフらしき人たちが居た。HNK「小さな旅」の取材らしい。そういえばテレビ画面でみるアナウンサーもいる。テレビで見るのと同じ顔をしていた。

烏帽子岳から御西岳に向う途中 山の色が緑に輝いていたので嬉しくて写真を撮ってしまった
ここにザックをデポして大日岳までピストンする事にした。大日岳からの戻り道で機材を担いだテレビ局のスタッフとすれ違った。でかい機材だ。カメラマンは自分の荷物と機材をボッカしなくてはならない。いくら仕事とはいえ頭が下がる思いだ。
御西岳から飯豊山へ向うがとうとう雲は取れなかった。ガスの中の歩行で展望は無い。せめてもの救いは花が多く目を楽しませてくれる事だ。だから歩くのがちっとも苦にならないのだ。
飯豊山頂上もガスの中で真っ白状態だった。今回の山行の締めくくりに到着した飯豊山だけにカラッと晴れて欲しかった。周りの山が晴れているだけに余計残念だ。山ヤとして画竜点睛できないもどかしさのまま頂上を後にした。
本山小屋は一部屋根が壊れていたが泊まっている人が数人居た。そこから少し下ったところではテントがいくつか設営してあった。
切合小屋で幕営するつもりだったが来て見るとすごいテントの数だ。自分の中では飯豊山の優しさ漂う山容と人の喧騒がどうもしっくりこない。これが例えば北アルプス・個沢だと周りのパワーに自分も同化して「みんな頑張ろうぜ!俺もやるぞ!」みたいな体育会系根性の気分になるのだけれどここはそれとは違う雰囲気を持っている。誰も居ない頂でただ一人、月光をゲストに酒でも飲みたい気分だ。そういえば草履塚のそばにきれいな砂地があったのを思い出した。

御西岳-飯豊山は雲に覆われていた
あそこなら飯豊山との最後の夜に対話も弾みそうだ。水を補給して引き返すことにした。
目的地に来て見ると先客がいた。横取りされたみたいでちょっと悔しい。テントを設営しているところへ単独の男性が「ここは良いな!」と言いながら到着した。この男性はなんとテントペグを忘れたらしく設営に苦労していた。

翌日は快晴だ。七森から振り返るとガスで見えなかった飯豊山が初めて姿を見せてくれた。「今回はうまく会えなかったけれど、いつの日かこの空の下でまた会おう」と誓った。


文平の池から見た北股岳
三国岳、地蔵山を経て長坂をどんどん降っていった。
困ったことになった。高度が下がるにつれて僕を取り囲むハエの数がだんだん多くなってきた。最初は皆そうだと思っていたが登ってくる人を見るとぜんぜんハエはたかっていない。何で僕だけハエがたかってくるのだろう?昨夜食べたカレーなのか?ウイスキーの臭なのか?分からないがハエを引き寄せ乱舞する臭いが僕の体から発散されているらしい。
僕の周りにハエが沢山飛んでいるのが恥ずかしくて登ってくる登山者を見つけると慌てて走ってハエを追っ払った。
川入に近づくにつれてますますハエの数は増えていった。大げさではなく200,300匹程のハエが僕の周りをブンブン飛び回って怖いほどである。子供の頃見たアメリカの漫画「トムとジェリー」や「ポパイ」で体が見えないほど蜂に襲われるシーンを思い出した。ヒチコックの「鳥」ならサスペンスだが「ハエ」とはコメディーにしか見えない。そういえば「ハエ男の恐怖」という映画もあったな。今の僕はその「ハエ男」なのだ。かっこわるー。

種蒔山付近から飯豊山を振り返る
川入に着くと既にバスが待っていた。走ってハエを追い払い、冷房中のバスの扉を開け中に飛び込んだ。バスの中はひんやりとして気持ちが良い。あとは山都駅まで山行の余韻の中に身を漂わせれば良いだけだ。
その時、前方から運転手がドカドカやって来た。見ると手にはハエ叩きを握り締めている。はっとして上を見ると十数匹のハエが頭上を舞っている。僕と一緒に搭乗したのは明らかだった。僕も丸めた地図を手にしてハエを追っかけた。5分遅れで何事も無かったかのようにバスは発車した。
NHK「小さな旅」の飯豊山が放映された。御西小屋のおやじさんとその子供達が主役だ。たった数週間前のことだか懐かしかった。何気なく見ていたらあるシーンに目が釘付けになった。小屋にデポしていた僕のザックが一瞬画面に映った。くだらない事だけど何回もテープを再生して見るのだった。
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