天狗岳、硫黄岳

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩)

◆3月13日
八王子(0:40) +++ 茅野(3:39/6:35) === 渋ノ湯(7:35/7:45) --- 黒百合ヒュッテ(9:35/9:50) --- 天狗岳(東)(10:50/11:10) --- 箕冠山(11:35/11:45) --- 夏沢峠(12:20) --- 硫黄岳(13:20/13:40) --- 赤岳鉱泉(14:25/14:45) --- 美濃戸口(16:15/16:35) === 茅野(17:22/17:28) +++ 八王子(19:02)

山日記

AM 3:40 ムーンライト信州号が茅野に到着。
列車からバラバラと10人ほどが降りるが皆、ザック姿の登山者ばかりだ。改札の所だけポツンと灯りが点っていたが全員が改札を過ぎるとそれも消えてしまい、薄暗い待合室が寒々としている。
ここで渋ノ湯への始発バスが出る6時半までの3時間待たなければならない。他の人はどうすんだろ?と見ていると男性二人はそそくさとタクシー乗り場に向かって行った。待合室には僕を含めて男性4人、女性4人が残っていた。
女性4人は同じパーティー、後の男性三人は単独行だったが全員が示し合わせた様にマットとシュラフを取り出して寝る準備をし始めたので何も持って来ていない僕は焦った。まったく慣れているというか、要領が良いというか、切符の自販機の前や立ち食いそばの前をしっかりと確保してシュラフにもぐり込んでしまった。僕は一人とり残されたように冷たいベンチに横になった。

AM 5:00 あまりの寒さに目が覚める。
まったくシュラフの人たちがうらやましい。あまりに寒いのでウール帽子、手袋、レインウェアまで着られるものは全て身に付けた。それでも寒くて眠れずにガチガチと歯を鳴らしていたら始発に乗るらしい乗客がポツリポツリと待合室に入って来た。
駅員さんがストーブに点火するとオレンジの光に包まれて急に暖かくなった。だけどこんなに人が居ては落ちついて眠れないので眠るのは諦めて起き上がり朝食の海苔巻を食べた。昨夜、列車に乗る前に買っておいた海苔巻も今はすっかり冷たくなっていた。
何で茅野駅周辺にはコンビニが無いのだろう?とぼんやりした頭で考える。あー眠たい!

AM 6:30 渋ノ湯行きのバスに乗る。
乗客は僕の他に男性が一人。待合室で寝ていた人のうちの一人だ。シュラフはコインロッカーにでも預けてきたらしくザックは小さかった。
一月末にピラタス行きのバスに乗った時は満員で増発までしていたのに今日は何でこんなに人が少ないのだろう?時間が早いからなのかなー?。。。ここまで考えて後は爆睡!

AM 7:30 レインウェアに着替える。
バスで一緒だった男性は雪山用ウェアで全身ビシッと決めている。それに比べて僕のレインウェアは少しダサイがしょうがない。
小さな橋を渡って登山道を登り始める。登山道は凍ってガチガチ状態だ。一月末の時、地面は踏み固められた雪という感じだったが今は全くの氷の滑り台状態。アイゼン着けなきゃ登れないな!と思った途端に思いっきりコケル。手に痛みを感じて立ち上がって見ると両手の手首をすりむいてしまって流血!。。。いきなりのハードボイルド!まったくダサイ奴だ!


中山峠から天狗岳を目差す 一月末に来た時に木々を覆っていた雪はすっかり落ちてしまっていた。
AM 9:30 黒百合ヒュッテ前でオニギリを食べる。
前回と比べて景色が一変していた。木々はもっそりと覆っていた雪化粧をすっかりと落としてスッピン状態、どこか野暮ったい感じがする。
ヒュッテ前の景色も一変、雪を踏み固めたテント跡や天狗ノ奥庭への登山道もすっかりと雪で覆い隠されている。
風が強く、木々のゴーッといううねりがそこらじゅうに鳴り響く。登山者の姿も少ない。道のトレースはハッキリしない。空は晴れてはいるがグレー色にぼんやりしている。こうなるとどうしても気分はこうなる。。。憂鬱!
AM 9:50 天狗岳に向けて出発。
風が強いのでネックウォーマーを鼻の所まで引き上げ、さらにレインウェアのフードを頭からすっぽりと被り完全防御体制で挑む。
前回、ハッキリしていた登山道のトレースもすっかり無くなっていたが、視界も良く、記憶が残っていることもあって別に問題なく歩けた。途中から天狗ノ奥庭を振り返ると前回は真っ白だったのに今は濃い緑が浮き出ていて「やっぱ、少しは暖かくなっているのかなー」と思う。

天狗岳からの硫黄岳、赤岳、阿弥陀岳 風が強く、行くか戻るか悩む。
AM 10:50 天狗岳山頂到着。
今日は登山者が少ない。山頂に居るのは渋ノ湯から僕の前後を歩いていた人達だけだった。展望はグレー色の空のせいで今ひとつ!西天狗を見ると前回はっきりしていた登山道のトレースはすっかり消えていた。
雪が多く西天狗に行くには当然ラッセルしなければいけない。
誰も行く気配無く、なんとなく時間を持て余している感じで景色を眺めている。でも内心は誰か行かないかなー!と様子をうかがっているのかもしれない。
僕は迷った。予定では硫黄岳まで行く予定だったが、ここ天狗岳でこの風の強さだ。風の通り道になっている硫黄岳ではもーっ!とんでもない強風が吹き荒れている筈なのだ。
こんな心細い時はせめて道連れが欲しいものだが誰も硫黄岳へ行きそうにない。
「寒っぶいですねー、今気温が-10℃ですよ!」そう言って男性がザックに着けた温度計を僕に見せてくれた。「今日はどちらにいかれるんですか?」と尋ねる。「中山峠まで戻ってしらびそ小屋まで行きます。あなたは?」「硫黄から赤岳鉱泉まで行こうと思っているんですが。。。」「今日は風が強いから硫黄付近は気をつけたほうが良いですよ!」と僕と同じ推測だ。
「そう言えば、この前、女性が赤岩ノ頭で突風に飛ばされて大怪我したそうですよ!」と注意を促しているのか脅かしているのか?硫黄岳山頂を眺めると雪煙が舞い上がっているのが見えた。やっぱり、ここから引き返そうかな。。。これも勇気ある撤退!

AM 11:10 仕方なく出発。
「それじゃ、お気をつけて!」という言葉で二人の会話は終わった。これじゃ今さら引き返せやしない!
硫黄岳への登山道にトレースは無かったが雪の量が少なくて登山道が所々薄っすらと見えているので迷うことは無かった。鞍部まで降って来ると右からものすごい強風にさらされた。風上に向けて体を傾けながら歩く。「ラージヒルK点超えました!」なんてスキージャンプの真似をする余裕はもちろん無い。マジで風に耐える。。。やっぱり引き返そうか!耐風姿勢ってどんなんだったけ?
根石岳から天狗岳を振り返る。さっきから山頂に見える5,6人の人影は動こうとはしない。だれかこっちに来てくれないかな!と思う。
根石山荘の周りには雪は全くと言って良いほど無かった。ゴールデンウイークに何度か来た事があるがその時期でさえかなりの雪が残っていたのにやはり今年は雪が少ないようだ。


根石岳からの天狗岳 ここから見る天狗は雪で真っ白だけれど根石岳にはほとんど雪は無かった。
AM 11:45 オーレン小屋へトレース無し。
根石山荘を通り過ぎると樹林帯に入るがここから雪が多くなった。もちろんトレースはないので膝までラッセルしながらの歩く。2,3歩歩いてはズボッと股まで埋もれてしまうのでとても疲れる。
風は強いし、トレースは無く歩きづらいので分岐点からオーレン小屋へ降りようかなと思いながら分岐点まで来て見ると「オーレン小屋、冬期閉鎖中」の立て札があって、もちろんそっちへのトレースも無い。やはりこのまま進むしかないか!この様子だと夏沢峠までラッセルしなけりゃなんねー!それを考えると「ここから引き返そうか!」とも思う。
今、引き返せば渋ノ湯からの最終バスになんとか間に合いそうだ。
膝まで雪に埋まった状態で昼食となった。昼食はソーセージ揚げパンとテルモスのコーヒーだ。なぜか?この組み合わせは元気が出るので冬はもっぱらこればっかり食べている。バスに間に合うように戻るタイムリミットは12時だ。とりあえずもう少しだけ前進してみることにした。
少し歩くと木々の間に視界が開け天狗岳が一望できる場所があった。でも景色に見とれてばかりいてはいけない。この場所は硫黄岳噴火口の末端で数十メートル下まで切れ落ちている。

くたくたになって夏沢峠に着く 風力発電機が強風にうねりをあげていた。
あまり端っこを歩いていると落っこちてしまうので木のそばを離れないように歩く。
木々の間から硫黄岳の姿が見えた。その瞬間、行こう!と決めた。このへんで根性見せんと山になめられる!
。。。だけどやっぱり辛い!相変わらず膝までのラッセル、加えて5,6歩歩いては高下駄のように靴裏にくっ付いて来る雪をピッケルで叩き落さなければいけない、そして油断していると股下まで踏み抜いてしまう。
グォーッ!という声にフニャフニャに疲れた体が一喝された。熊の咆哮!もう冬眠から覚めたのか?やばい!鈴は持って無いのでラジオを慌てて点けた。

PM 0:20 やまびこ荘が見えホッとする。
ラッセルにはホトホト疲れていた。グォーッ!小屋の横では4つの風力発電機が狂ったように回っている。さっき熊の咆哮だと思ったのはこのプロペラの回る音だった。(あまりにしまらないオチ!ゴメン)
そしていよいよ、硫黄岳への登りだ。これさえ登ってしまえば今日の山行は終わる!と気合を入れたものの、行く手には二つの山小屋の屋根から滑り落ちた雪が重なり合って小山が出来ていた。


硫黄岳への登り 樹林帯を抜けると急に雪が少なくなって歩きやすくなる。
これをはいつくばって超えるとそこには人の足跡があった。「やった!人の足跡だ!どうやら一人の足跡らしいがこれで少しはラッセルから開放されそうだ!。
ただこの足跡の主はどこから登って来てどこに向ったのだろうか?本沢温泉への道、オーレン小屋への道、どこを見ても足跡は見えなかった。どうやら硫黄岳から降りて来たが先にトレースが無かったので諦めてここから引き返していったらしい。
誰かが付けてくれた足跡の穴に足を入れながら進む。やっぱり歩くのが楽だー!と思いながら歩いているとズボッ!いきなり股下まで埋まってしまうのにはまいった。10歩歩くうちに一回はそうやって埋まってしまう。僕って体重が重いのかな?なんだか空しいような悲しいような気分でトホホ!

ケルンには放射状にエビのシッポ
樹林帯を抜けると急に風が強くなったが登山道の雪は少なくなる。風が強いのは嫌だけれど、何より歩きやすいのが良い!ラッセルしなく良いのが嬉しい!
硫黄岳はなだらかな山容をしているので傾斜が緩やかで登りが楽だなーと思いながら歩いていると前方に登山者発見!どうやらこの足跡の主らしい。なんだかすごく疲れているようで10歩歩いては立ち止まって休んでいる。追い越す時に一言挨拶しようかと思ったがケルンの影でうずくまってあまり疲れている様なので話し掛けると悪いと思いそのまま頂上を目指した。

PM 1:20 硫黄岳はやっぱりデカイ!
こんなんだから硫黄岳は好きなんだ。丸いおわん形の山容で広い山頂、そして遥か下まで一気に切れ落ちた爆裂火口の荒々しさ、陽と陰、二つの相反する顔を持った山だ。おまけに赤岳、阿弥陀岳の眺めも素晴らしい。
山頂は飛ばされそうなほど風は強くなかった。だが本当に風が強いのは山頂よりも硫黄岳石室付近とこれから降りようとする赤岩ノ頭なのだ。
気温も大分上がったらしく手袋を外してもそんなに手が冷たいということはなかったので写真も落ち着いて撮る事が出来た。

PM 1:40 風強し。
僕は八ヶ岳には何度も来ているのに赤岳鉱泉には行ったことがなく、このルートも初めて歩くことになる。ただ昨年の夏にオーレン小屋から硫黄岳に登ったので赤岩ノ頭は通ったことがあり、そのときの印象が「風の通り道=風強し」だった。
山頂を降り出してすぐに危険箇所あり!ほんの1メートルの距離だけど急斜面で向こう側は切れ落ちている。アイゼンでも引っ掛けて滑ってしまったらジョウゴ沢まで真ッ逆さまに落ちてしまいそうだ。

硫黄岳山頂からの赤岳、阿弥陀岳 広くて展望が良くてなぜか元気が出る山頂。
元来、せっかちでおちょーし者の僕はこんな箇所でも「だいじょうぶだろ?」とそのまま突っ込んでしまうのでここは気をつけて一歩一歩確実に歩くように自分に言い聞かせながら降りる。
赤岩ノ頭はやはり風が強く、風で舞い上がった雪が直線で目の前を流れ去り左の谷に吸い込まれて行く。
振り返ると強烈な陽射しが眩しいほど雪面で反射し、硫黄岳の野放図なまでにでっかい姿は雪煙の中で揺れていた。
赤岩ノ頭からの降りはいきなりの急斜面直滑降だ。でも高さがそんなにはないので滑落したとしても下方の樹林帯に突っ込むだけで大事にはならないだろう。ただ20人くらいが登って来ているので滑落するとさらし者になって恥ずかしいけど。。。
雪の登山道を何度も折り返して降って行くと木々が途切れて大同心が見えた。この大同心とは初めてのご対面だ。横岳を歩くと上から見えるはずなのに見た記憶が全く無い。
それにしても神様の気まぐれか?こんな唐辛子みたいな形の岩がどうやって出来たんだろう?上には真っ青な空、下には深緑の木々、薄っすらと雪をまとった大同心の姿はヨーロッパや北米の山を連想させ、今日一番のウフフ映像だった。

うかつにも初めて見ました!唐辛子みたいです。
PM 2:40 どうしようか迷う。
「皆さーん!ここでアイゼンを外しましょう!」赤岳鉱泉小屋の前でパンを食べていると下から次から次に人が団体さんが到着してくる。ガイドさんを先頭にやって来たおじさん、おばさん達も多く「はたしてこの人達も赤岳に登るのだろうか?赤岳ってそんなに簡単に登れる山なんだろうか?」と頭の中はクエスチョンマークで一杯になる。
それにしてもこんなに人が多いとは予想しなかった。八ヶ岳は小屋が多いがさすがに今の季節はこの赤岳鉱泉だけしかやってない。人がどうしても集中するのは分かるが今夜はとんでもなく混雑するに違いない。
予定ではここに泊って明日は赤岳と阿弥陀岳に登るつもりだったがこの小屋の混雑を考えると泊るのがなんだかおっくうだ。
時計を見ると2時、急げば美濃戸口からの最終バスにどうにか間に合いそうだ。小屋に泊るか、帰るか?さんざん迷ってしまう。

ここも初めて来ました赤岳鉱泉! 写真には写ってないけどこの右には人工氷壁があって?なんでこんなところに?
今朝、天狗岳では引き返そうかとも思ったがこうして好きな硫黄岳には登れたし、ごきげんな大同心も見ることが出来た。赤岳、阿弥陀岳は次回までお預けにしてもいいだろと思う。でも内心は。。。数年前の5月に阿弥陀岳から滑落して死にそーな目にあったので正直言ってまだビビッているのだった、だけど反面、こんちくしょう!行ってやれ!という気持ちもする。
アイゼンを外してピッケルをザックに取り付けると今回の山登りはこれで終わった!と迷いはなくなり、今日出会ったの八ヶ岳の風景を心の中に重ねていった。
PM 2:50 美濃戸口へ急ぐ。
白い息を吐きながら降っているとまだまだ沢山の人が登ってくる。赤岳鉱泉っていったい何人位泊れるのだろ?今夜は本当にすごいことになりそうだ。
沢沿いの道は降り積もった雪の下から水のせせらぎをかすかに響かせている。この一面の雪の下には何千、何万もの春の予備軍が伏在しているのかと思うと夏が待ち遠しく思える。これから一ヵ月後、それから三ヶ月後はどんな景色に変わっているのだろうか?
休憩している人たちの視線は僕の後ろに注がれている。振り返るとすっかりと雪の衣を落してしまった木々の上、稀薄となった冬色の空を透かして荘厳な赤岳や阿弥陀岳の姿が見えた。
それは春を予感させる柔らかな風景だった。
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