韓国岳 (高千穂峰 編) |
行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩、***:飛行機/フェリー) ◆5月15日 |
山日記 朝、4時アラームが鳴る。 僕は時計に手を伸ばし時間を確認する。 今日は霧島山へ向かう。その為には5:30の電車に乗らなければ・・・ 「動くなよ!」重い頭の中で本能がささやいた。 今、起き上がったら確実にゲロするな!歩いて10歩でゲロするな!トイレまで行くまでに撃沈だな! ベッドに横になったまま、2時間が経過した。 いつのまにか胃の中の重い石が少しだけ軽くなった。洗面所へ行って歯を磨いた。 食堂のパソコンで日豊線の電車時刻を確認する。 次は8:09発だ。これには絶対間に合わなければ・・・・・・ 食堂でパッキングをした。ズキンズキン、頭痛がする。 起きているのは自転車で日本中を回っているアメリカ人だけだった。その彼も黙々と準備をしている。 彼が自転車を押して宿を出るのと僕がデカザックを背負って歩き出すのが一緒になった。 道路の向こうで彼が親指を突き立て笑顔で何か言っている。 「OK!」僕も手を振って答えた。 また旅がはじまる! 通勤通学の人に塗れ、日豊線で国分へ向かう。 窓の外には鹿児島湾がキラキラ輝いている。 電車の旅で好きなのはこんな風に車窓から海岸が見える時だ。何も考えないで水平線を見つめる時だ。 国分駅前のローソンで食料と酒を買い込むと駅の待合室で一人作戦会議。 電車の中で地図やバス時刻表を見ると確実にゲロするのは分かっていたので、バスを待つこの時間で予定を立てなくていけない。 えびの高原のテント村ににテントを張って、出来たらその後にサブザックで韓国岳をピストンしたいと思う。 念のため、乗り物酔い止めを飲んでバスに乗る。 バスが霧島神宮駅を過ぎ、霧島神宮へ差し掛かる頃になると急にガスって来た。 天気予報は曇りのち晴れだったけれど何だかどんどん悪くなっている。 バスが丸尾を過ぎる頃になるとガスが益々ひどくなって周りは真っ白な世界、視界20mほどになった。 バスの乗客は僕一人だけ。白いスクリーンの中をバスはひたすら登って行く。 終点のえびの高原でバスを降りる。 初めて来たえびの高原、もう周り一面真っ白でどこに何があるのか全く分からない。 バスを降りて土産物に入ったけれど座れる場所が無かったので向かい側の足湯の駅へ行った。 ロビーのソファーにザックを降ろした・・・・・・とにかくえびの高原にやって来れたのだ。 直ぐにでもキャンプ場へ行きたいと思ったけれど建物の回りは真っ白で完全にホワイトアウト状態。 この天気ではたとえテントは張れたとしても、韓国岳へ登るのは難しそうだ。 とりあえず文庫本を読みながらガスが晴れるのを待つことにした。 たまに建物の前に大型バスが止まってはドヤドヤと観光客の集団が入ってきた。 ツアー客の一人の男性が僕に話しかけてきた。 韓国岳へ登る予定だったけれどこの天気で登山は中止になったらしい。 韓国岳登山の代わりに近くの焼酎工場へ見学へ行くらしいが僕はその「焼酎」って言葉を聞いただけで気持ちが悪くなった。 するとその男性が僕のザックを見て「何キロぐらいあるの?」「記念に背負わせてほしい!」と言い出した。 何の記念か分からないけれど特に断る理由も無いので「どうぞ!」って返したら、周りに居た数人の男性が「じゃーオレも記念に!」と次々と僕のザックを背負いだした。 ここはイベント会場でも、アトラクション会場でも無いんですけど! バスガイドさんの「そろそろお時間ですよーっ!」の声に皆さんいっせいに出て行った。 後に一人残された僕とデカザック。誰かが入り口の扉を閉め忘れたらしい。冷たく湿った風が勢いよく吹き込んできた。 午後1時になってようやく少しガスが晴れて明るくなったんでキャンプ場へ向かった。 小さな管理棟の中には薪ストーブがあって暖かかった。 受付を済ませると管理人が「この時間だし韓国岳は止めて「池めぐり自然探勝路」をまわって見たら良いよ!」と言った。 僕はお酒は好きだけど昼間から飲むことはしないし、本も既に読み飽きた。 やることが無いのでテントを張り終えるとに白鳥岳へ向かった。 (テント場代\1140円は高いと思う。だって駐車料金が1日\500円なのに) 道は緩やかに上り下りするので楽だったけれどガスって何も見えない。 「オレの人生って・・・」昔からそうなんだ。山登りで想定外の悪天候に見舞われると人生について考え込んでしまう癖がついた。だからガスの中を歩くのは嫌だったんだ。 汗に濡れたバンダナを広げて「これって何に見える?」ロールシャッハし始めた時には自分でもさすがにやばい!と思った。 キャンプ場に戻るとテントが三つに増えていた。 「ブシュ!」まさか二日酔いの状態でビールは飲めないだろーっ!と思ったけれど、いつもの習慣で開けてしまった。 ビールはやっぱ旨いのーっ!自分でアホだと思った。アル中だなと思った。
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えびの展望台からの韓国岳。真ん中に見える赤い屋根はビジターセンター。 |
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白鳥山分岐から歩いて10分で二湖パノラマ展望台だ。 白紫池の湖面は黒く何も映してはくれない。周りを緑樹に囲まれ、ひっそりと森の雫を集めているような静かな湖だ。 韓国岳は火山なので荒廃とした火山岩が山全体を覆っていると思っていたけれど、意外と山頂付近まで緑が這い上がっている。 |
白鳥山からの展望。白紫池の向こう側に韓国岳 |
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展望台を過ぎて道が登りになると石がゴロゴロしたザレ場に変わった。 振り返ると霧島山麓の緑の裾野が一望だ。遥か遠くまでなだらかなスロープが広がっている。 パラボナアンテナが立つ白鳥山頂には風の音だけがあった。 こうして一人で山を眺めるのはやっぱり悪くない時間の過ごし方だと思う。 |
白鳥山北展望台の展望。左は甑岳、手前が御池、右が韓国岳 |
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階段状の道を降って行く。 道の所々にヤブツバキが赤い花を落としている。燦爛たる紅色がまだ陽光の当たらない道でいっそう鮮やかだった。 デカイ杉の木が見えたら六観音は近い。 鎮守の森に囲まれた木の展望台からは御池越しに韓国岳を見ることが出来る。 音の無い景色は映画の冒頭シーンのようだ。 その静けさがこれから始まる物語を予感させる様で気持ちがザワザワした。 |
ヤブツバキの赤い花が登山道に点々と落ちている |
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えびの高原に戻って来た。えびの高原荘の方からザックを背負った人が大勢歩いて来ているのが見えた。 新燃岳が2011年1月に噴火して以来、韓国岳から高千穂峰までの縦走は出来なくなってしまった。 (ネットでそれ以前に登ったレポを見ると本当に羨ましくなる) そのため、えびの高原から高千穂河原までバスで移動することにした。 バスは新緑の中を進んで行く。 新緑の葉の間をすり抜けた光の粒がバスのガラス窓にキラキラと反射を繰り返す。 高千穂河原には30台ほどの車と数台の大型バス。 そして目の前には高千穂峰がでぇーんと僕が登るのを待ち構えていたのだ。 周りには100人程の青いジャージの中学生の姿、朝からワイワイと盛り上がっている。 目の前にそびえる高千穂峰、後ろの青ジャージのワイワイ熱、これは直ぐ歩き出すしかねぇー! 何だか焦燥感に見送られて歩き出した感じだ。 |
高千穂河原からの高千穂峰。 山の稜線の奥に頂上は隠れている。この画像では分からないけれど頂上にある旗が稜線のすぐ上に見えている。 |
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霧島古宮址からは自然観察路となっている登山道を登って行く。 樹林帯の中を20分ほど歩くと道が展望の良いザラ道へと変わった、と同時に風が強く当たるようになった。 最初は緩やかだった道が段々と急な傾斜へと変わっていく。赤い火山岩を砂礫が覆っているような道。 一歩足を進めて体重を乗せると足の下を砕石がグズグズと流れるので登り難い。 デカザックで来なくて良かった思った。デカザックだったら足が滑って登れなかっただろう。 風の強さが半端じゃない。飛ばされた小石や砂が顔にバンバン当たって痛い。目の中に砂が入りそうで嫌な感じだ。 強風に絶えながら立ち止まっては周りの景色を眺める。 登山道の右側、火口跡の下辺りにはピンクのツツジが灰色の斜面に点在している。華やかさは無いけれど春の穏やかさを感じさせる風景だ。 御鉢の淵を回る馬の背と呼ばれる場所へ来た。 前を進む20人程のパーティーが立ち止まっているので追い越せない。 「ここで30分ほど休憩して下へ降ります!」リーダーが風に顔をしかめながら叫ぶ。 どうやら強風の為、登山するのを断念するようだ。 不安な感情は伝染してしまうものらしい。 このパーティーと前後して登っていた人達も急に立ち止まって「それじゃー私達もここで止めましょう!」と完全に登頂諦めムードになってきた。 「皆が止めるってこの状況は、もしかして非常にヤバイんじゃないの?」僕も耐風姿勢を取りながら弱気になってしまう。 |
九州に来て思ったこと・・・広角レンズが欲しい。御鉢も大きすぎて撮りきれない。 |
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馬の背では急に登山者の数が少なくなった。 「もしここで突風が吹いたら火口跡へ落ちるな!」耐風姿勢が直ぐにとれるように一歩一歩慎重に歩いて行く。 前を歩いている人の姿を見ると完全に体が斜めに成った状態で歩いている。 心の中がザワザワしている。 別にこの状況に緊張しているわけではない。目の前にそびえる高千穂峰があまりにも綺麗なのだ。 灰色の山の斜面を若草色の緑が山頂まで駆け上がり、その山頂は周りの荒涼たる火山の中では孤高とも見えるほど天に向かっている。 自分の記憶を探って見る。山だけを見て綺麗な山だなと思わせる山って意外と少ないかもしれない。 「利尻山、鳥海山、浅間山、槍ヶ岳、燕岳、甲斐駒ヶ岳、農鳥岳、・・・・・・」もしかしたら自分Best10に入るじゃないかな? 高千穂峰が僕を待っている!強風に耐えながら歩いた。遠くでローレライの声が聞こえたような気がした。 火口の淵から鳥居のある場所まで一度降りて再び登り返す。 最後の登りだ。 遠くから見た時には急斜面に見えたけれど実際に登って見ると案外楽に山頂に立てた。 |
馬の背からの高千穂峰。(これは下山時撮った写真で中学生がワイワイ)この写真で見ると馬の背って意外と道幅が広い。 ものすごく残念に思うのは、山が大きすぎて高千穂峰の素晴らしさが切り取れなかったこと。 |
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日の丸が迎えてくれた。 青空の下の360度の展望は爽快だった。中岳、新燃岳はもちろんのこと(これがまた綺麗な山なのだ)、御池や遠く都城も眺めることが出来た。 高千穂峰は天孫降臨神話の地とされていて山頂にある青銅製の天の逆鉾が霧島神社の御神体として崇められている。 神話、日の丸、青空、大気。気持ちがスーッと透明になっていく感じがした。飾り気の無い風景の一部に自分も成ってしまったような感じがした。 昔、坂本竜馬がこの逆鉾を抜いてしまったらしいが今はちゃんと刺さっていた(当たり前だ)。 (竜馬が触った逆鉾に僕も触りたかったけれど今は囲いがあるので触れない) 「ねえ、あの逆鉾ってどっちが上なの?」隣のおかあさんから尋ねられる。 「だからっ・・・・・」どうか僕のことはそっとしておいてください! 風が強いのは相変わらずだ。 カメラの三脚が立てられないのは別に大したことではなかったけれど、景色を眺めていると耳が強風で「ボアボアー」とたえず音を立てているのは落ち着かない。 |
御鉢の淵から一度降ると鳥居がある。ここからは見た目より登るのが楽だった。 |
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髪の毛がボサボサで仙人か修行僧かと思った山小屋のオヤジは終始ニコニコ顔で感じが良い人だ。 小屋には窓が無いので中は暗い。その中でオヤジが登山者の金剛杖に焼印を押していた。 「焼印はタダだ!」登山者が焼印代を払おうとするとオヤジはガンとして受け取らない。 「この1000円は焼印代じゃない。いつも国旗を揚げてくれる、その国旗代だ!」登山者が無理やりオヤジの手にお金を押し込んだ。 日本は良い国だなと思った。 |
強風の山頂からの展望。左の灰色の山が中岳、真ん中が新燃岳、その右に韓国岳のてっぺんが少し見えます。 |
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さっきまでの強風がすこし治まっていた。山頂を降りる時、もう足を踏ん張らなくても大丈夫だった。 「あの山頂まで行ったんですか?」「風はどうですか?」馬の背まで戻ってくると前方から登って来る人はどこか不安げだ。 前から青色ジャージの中学生がやって来た。100人ほどの数だったけど挨拶を返すのは開聞岳で慣れていた。 しかし、こんな強風なのに引率の先生もよく登山を決行したな!と思う。 歩いている中学生達を見るとどこにも不安な様子は無く元気いっぱいだ。周りの大人たちの方が強風にビビッている。 何だ、この中学生達も野生児か! 登る時はあんなに苦労したザラ道も降りる時には砂走り状態だったので高千穂河原へは短時間で戻ることが出来た。 |
高千穂峰山頂を後にして下山開始です。風がまだまだ強い。 |
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これで終わったと思ったら大間違い。ここから中岳へ登るのだ。 中岳への道は散策路になっていて道が幾つかに分かれていた。迷わずに高千穂峰に一番近いつつじコースを選択。 開花しているミヤマキリシマの数はまだ少なかったけれど見晴らしが良い道だ。 目の前に中岳、そして右には高千穂峰を絶えず臨みながら登って行く。 「ここは天国だぁー!」もしここに長谷川さんがいたらそう言って昇天していただろう。とにかく高千穂峰の眺望が素晴らしい。 目の前に見える中岳山頂にはどんなシーンが待っているのだろう。 高千穂峰はどう見えるのだろう?新燃岳はどんな山なのだろう? |
一度、高千穂河原に降りて、中岳を目指したのですが・・・・・・ |
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散策路の引き返し点まで来ると中岳への道にはロープが張られていた。 仕方なくロープをまたいで先へ進んだ。 ところが周りには歩いている人の姿が無い。 登山道はハッキリしているが最近踏まれたような跡が無い。 何だかおかしい!ロープを超えて100m位歩いた所でそう思った。これはもしかして中岳に登ってはいけないのでは? でも九州に来る前に新燃岳の入山規制を確認すると警戒レベル2まで引き下げられたとあった。だったら中岳までは登れるはずだ。 もしかしたら僕が屋久島へ行っている間に警戒レベル3まで戻ったのかもしれない。 急に不安になって登って来た道を引き返すと、散策路も一気に降って高千穂河原へ戻って行った。 |
散策路からは本当に高千穂峰が綺麗だった。ミヤマキリシマは少し早いみたいだ。 |
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高千穂河原へ戻るとその足でビジターセンターへ行き、新燃岳の入山規制を確認した。 するとやはり警戒レベル2のままだった。 センターのスタッフに中岳への道にはロープが張られていたことを尋ねると、ロープから先はまだ登山道の整備がされておらず道が火山灰で隠れてしまっている箇所が多く、それでまだ通行止めのままらしい。 紛らわしいな!と思った。 まだ通行止めならば警戒レベル3と発表した方が登山者には分かりやすい。こんな二重ルールはトラブルの元だと思った。 |
これでも高千穂峰の素晴らしさを伝えられないもどかしさ。とうとう中岳へは登れなかった。 |
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3時のバスでえびの高原のキャンプ場に戻った。 まだ完全燃焼していない。もっと歩きたいと思った。 それで今朝、白鳥山から見て良い山だと思ったえびの岳へ登ろうと思った。 ところが登山口が見つからない。地図を見ると登山口はキャンプ場の先にあるはずなのだが探しても分からなかった。 仕方なく今朝歩いた「池めぐり自然探勝路」をもう一度歩くことにした。 (今にして思えば速攻で韓国岳へピストンすれば良かった) 探勝路の散策を終え、管理棟で受付を済ませ、テント場に戻るとテントが5つに増えていた。 8時にシュラフに入った。 ところが隣でオートキャンプ用のでっかいテントを張っていた夫婦がうるさくて何度も目が覚めた。 でもそれもしょうがないと思う。僕だって友人とオートキャンプへ行けば夜遅くまで酒を飲んでいる。絶対に夜8時に寝ることなんてありえない。 ゴソゴソとテントの周りを歩く音で目が覚めた。時計を見ると深夜12時を過ぎている。 これはいくらなんでも遅すぎるだろう、一言言ってやろうとテントから顔を出した。 目を光らせた数頭の鹿が走り回っていた。 |
えびの高原キャンプ村。キャンプ村と言うぐらいだからすごく広い。この他にもテントサイトが幾つかある。 |