北横岳

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩)

◆1月22日
立川(0:38) +++ 茅野(3:39/6:35) === 渋ノ湯(7:35/7:45) --- 黒百合ヒュッテ(9:30/9:45) --- 中山峠(9:50/9:55) --- 中山(10:10/10:20) --- 高見石小屋(11:45/11:55) --- 白駒池(13:20/13:40) --- 麦草峠(13:00/13:05) --- 大石峠(13:20) --- 五辻(14:10) --- 坪庭(14:45) --- 北横岳(16:10/17:20) --- 北横岳ヒュッテ(小屋泊)(17:30)
◆1月23日
北横岳ヒュッテ(8:00) --- 北横岳(8:20/8:30) --- 大岳(9:20) --- 北横岳(9:30) --- 坪庭(11:00) --- ピラタスロープウェイ(12:00/13:05) === 茅野(14:00) +++ 八王子(16:00)

山日記 (その一)

改札を出るとその光景は昨年と同じだった。先の列車で着いたらしい5.6人の登山者が待合室の隅っこでどこか寒そうにシュラフに包まっている。

一年ぶりに茅野へやって来た。それも昨年と同じムーンライト信州号だ。
同じ列車から降りた4人もザックからシュラフを取り出して隅の空いている場所で横になってしまった。
僕はと言えば、昨年、寒くて眠れなかったのに・・・今回その対策はペットボトルの中の焼酎だけ。
始発までのわずか3時間のためにわざわざシュラフを持って来るなんてやっぱり面倒だ。


ザックに付けたスノーシュー。
右はストック、左は三脚。
こんな格好で歩いて行きます

「ストーブはこのまま点けて置きますから!」駅員さんがありがたい言葉を残して去って行った。
昨年と違って暖かいに違いない!焼酎を飲んでベンチに横になる。
ところがそんなに甘くは無かった。ストーブは赤々と燃えているけど改札のところから外の冷気が情け容赦なく入って来る。眠くて仕方ないはずなのにベンチに横になっていると寒さに目が冴えてしまう。
眠るのは諦め、ベンチに腰掛けて持って来た文庫本を読みながら始発バスを待った。

夜明け前、渋ノ湯行きの始発バスに乗る。
バスの中は外の空気と同じで寒かったが、走るにつれ段々と暖かくなっていった。冷え切っていた手足がジンジンとしびれるような感触を伴って暖まっていく。次第に増えてゆく車窓の雪景色と夢の間を意識は何度となく行き来する。

ウトウトしたけど眠った気はしない。だけど渋ノ湯でバスを降りると眠くはなかった。
入笠山で初めて使ったスノーシューだったが、そこではどこか物足りないまま終わってしまった。二回目の、ここ八ヶ岳ではどんな働きをしてくれるだろうか?と考えると期待に血が騒いだ。

渋ノ湯から橋を渡ると直ぐに黒百合平と高見石への分岐点だ。予定では高見石へ行くつもりだったが、その道には雪が降り積もっていて、かすかにトレースが確認できる程度だったので不安になってしまった。一方、黒百合平への道はしっかりと踏まれているのでどうしても視線が・・・遠回りになるけど予定を変更して黒百合平に向かって登って行った。

白樺の木々の積もった雪が芸術的な空間を演出しています。
登山道を囲む木々の枝一本一本にもビッシリと真っ白い雪が積もり、そのせいで心なしか森全体が厚みを増して見える。太陽は昇っているのだけれどまだ山の向こう側に隠れていてここまで陽は届かない。
そんな透明で柔らかい朝の静寂の中でぎゅ、ぎゅと雪を踏む音だけが規則的に響いている。
少し歩くと木々の間から朝日を浴びて金色に輝く冷山が見えた。「そうだ、これを見に来たんだ!」唐突に忘れていた意識が蘇って来る。少し赤みを帯びた陽に輝く雪の山々はそれだけで神々しく、その輝きの中に全ての始まりを感じさせてくれる。
30分ほど歩いていると夫婦らしい二人組に追いついた。「黒百合平まであと何時間ですか?」、「山小屋ありますか?」、「あなたも今日、山小屋に泊まられるんですか?」という言葉を立て続けに浴びせられる。僕以上に行き当たりバッタリの登山者がいるのには驚いた。
あまりにもザックが小さく、装備はちゃんと持って来ているのだろうか?と心配になったけど、雪の中を歩くのがあまりにも楽しそうで、そんなそんな二人の和やかな表情を見ていると、まー黒百合平までだったら大丈夫だろう!と心配は薄らいでしまった。

黒百合ヒュッテの前を横切る一本の道
それは二つの異なる時間の流れを分ける道
登山口から2時間、樹林帯を抜け出た。白い空間の中に黒百合ヒュッテが雪に埋もれるように建っている。
小屋の前は風を遮るものが無く、激しい風に顔が痛いほど冷たい。風はザラザラした感触で頬を容赦なく殴打して去って行く。
黒百合平に来たのは昨年の1月、3月に続いて今回3回目だ。昨年の3月よりも木々にしっかりと雪の残っていて、そんな今の時期の方が山は綺麗だと思う。
気のせいか?、太陽の光を拒むように輝く雪は仄かに青みを帯びていて、雪山の美しさと同時に厳しさをも感じさせた。
昨年の一月には小屋の前にはいくつかのテントの跡、また天狗ノ奥庭へ向かう雪の斜面にも無数の足跡が残っていたけれど、それが今は小屋の前をただ一本のトレースが横切っているだけだった。
少し寒さを感じたのでレインウェアの下にフリースジャケットを着込もうとレインウェアを脱いで見ると内側が真っ白になっていた。指で触ってみると一面薄っすらと霜が付着している。
アンダーウェアの上に直接、レインウェアを着ていたせいなのかも知れないが体から出た水蒸気がアウターのゴアから排出される前に寒さで凍ってしまっていた。

中山からの蓼科山はいつ見ても悪くない!
だけどカメラを構える手が冷たい! 
小屋の前から中山峠へ続く一本の道は、北八ヶ岳と南八ヶ岳を分ける道でもある。茫洋な山々や草原、そしてそこに散りばめられた湖が点在する北八ヶ岳、そして赤岳を始めとする急峻な山々が連なる南八ヶ岳、この全く性格の異なる二つの時間の流れを分ける分水嶺なのだ。厳密には天狗岳は北八ヶ岳なのだろうけど山の性格から言えば南に入れたい。

中山峠は木々に囲まれているのだけれどそれでも風が強かった。その風の中で一人の男性がアイゼンを装着して、今まさに天狗に挑もうとしているところだった。。フードのちょっとした隙間も見逃さないように執拗に風が男性を追い立てる。膝を立てて座っている様はどこか吼え狂う風にジッと耐えているようにも見えた。


中山からの天狗岳もいつ見ても悪くない!
だけどやっぱり手が冷たい
天狗岳を目の前にして登らないというのも随分勿体無いのだけれど、今回はその時間が無い。
峠から天狗岳へはしっかりとトレースがあるのに逆方向の中山へのトレースは雪にかき消されていた。
いよいよ出番だ!ザックからスノーシューを外して装着し、雪の中に突入する。登山道にはどうにかトレースらしき跡が見えるが大部分はしっかりと雪に覆われていた。
積雪は1メートルほどで雪質はパウダーというほどではないけど柔らかさを残している。スノーシューを履いていても15センチほど埋まってしまう。
スノーシューを外してツボ足ではどれ位埋まるか試してみようと思うけれど両足で8本のバンドを外すのは面倒だし、それよりもまずもっと歩いてみたいという気持ちが強く、足の動きを止めることが出来ない。
中山峠から200メートルほど歩くとニュウへの分岐点がある。ニュウへの道にはトレースは全く無く、最近誰も通っていないようだった。
立ち枯れの木々の間から双耳峰の天狗岳が姿を見せている。天狗岳をもっと良く見ようと顔を向けると風が激しく顔を叩き、寒さが目を刺激して薄っすらと涙がにじんだ。

中山展望地でスノーツリーの写真を撮っているといきなり突風が・・・瞬く間に冬の装い
突風が雪を舞い上がらせた後には、突然時間の流れが緩やかになってサラサラと粉雪が舞い降りて体を包み込み、薄っすらと登山道を埋めていく。
光にキラキラと輝きながら舞う雪には自然の美しさを感じるが、同時にこの雪のほんの小さな一つ一つがトレースを埋めてしまっているのかと思うと恨めしくもある。

そしてその風が一番激しいのが中山山頂の少し先にある展望地だ。ここは西側に面している乱積岩帯で木が無い為、強烈な風の出迎えを受けることになる。風が雪の表面にその強さを示すように不気味な風紋を描き殴っている。

高見石小屋へは樹林帯の中を歩くようになり、さっきまでの狂ったような風が夢のように思えるほどだった。登山道を取り囲む木々たちは一寸の隙間もなくビッシリと分厚く雪をその全身にまとっているので荒れ狂う風もおいそれとは進入出来ないでいる。
雪の吸音効果のために音を失ってしまった森はサイレント映画を思わせ、時折パラパラと舞い降りて来る雪片もまた音も無く肩に触れる。
細い枝にびっしりと白い雪をまとった白樺の繊細さも良いが、この幾重にも折り重なるように目の前に現れる巨大なシラビソの森を歩いていると、その甘いような白一色の世界にふわりと融けてしまいそうな一体感を感じる。
そして上を見上げると木々の間にハッとするような真っ青な空が見えて確かな現実へと呼び戻してくれる。

中山展望地の雪面に出来た風紋
さすらう風のイタズラの跡

高見石小屋の煙突にはツララがっ!
ようやく高見石小屋にたどり着いた。中山からの道は雪が深く、予想以上に時間がかかってしまった。
小屋のテラスにザックを下ろすとやっと大きく深呼吸することが出来た。
口に含んだテルモスのお茶はぼんやりとした温かさになっていて、ここまでの時間の長さを感じさせる。
休んでいると男女二人のパーティーが到着した。話を聞くと赤岳まで縦走するつもりでやって来たらしいが登山道の雪が予想以上に深く、今日はここに泊まるか?黒百合ヒュッテまで行くか?迷っているらしかった。
ツボ足で黒百合まで歩けますか?と訊ねられたけれど、はたしてスノーシューで付けたトレースの上をツボ足で歩くとどれ位埋もれてしまうのか?見当がつかず、曖昧な返事しか出来なかった。
黒百合に向う二人の姿を見送った。彼らの闘志を表すようにアイスクライミング用のピッケルが二本づつ、しっかりとザックにくくりつけられていた。

高見石小屋から白駒池へ降る道も薄っすらとしかトレースは残っていなかった。この辺りはスノーシューハイクが盛んに行われているハズなのに・・・とラッセルを覚悟しているとスノーシューを履いた人が二人登って来たので、その先は歩くのが随分楽になった。


この広い雪原は白駒池です。
空と雪原の狭間で気持ちは炸裂します!
白駒池へ降り立った。登山道は池の縁を周回しているはずなのに、トレースは池の中へと真っ直ぐに進んでいる。今の時期は池も凍っているので湖上ハイクが出来るだ。
氷が割れてしまったら・・・と最初は恐る恐る足を進めた。
だけどそんな不安も直ぐに消し飛んでしまう。頭上にはでっかい青空が遥か遠くまで広がっている、そして空の端っこを縁取るようにグルリと森に囲まれ、真っ平らなでっかい白い雪原がガシッと受け止めている。
風も無く、燦々と無限に降り注ぐ光の中を歩いていると息をするのも忘れそうになってくる。ただこの楽しさを1人で支えるのは重過ぎる。だれか気の会う仲間と一緒だったらより楽しいのに・・・と足跡を振り返ってみる。
トレースは池の真ん中まで進むと直角に左に折れ青苔荘へと向った。
白駒池入口から麦草峠までは登山道を歩こうとしたけれど、100メートルほど入ったところで道がどうにも分からなくなってしまったので引き換えし、国道を歩いた。
道が分からずに歩き周ったことが堪えてしまったのか国道歩きは背中に薄っすらと汗がにじむほど疲れてしまった。

麦草峠ヒュッテの横は広い雪原になっていて、晴れ渡った空の下ではクロカンを楽しんでいる人やハイカーの姿が見えた。
突風が吹くと一瞬にして雪が舞い上がり視界を白一色に変えた。その中に一際白く輝いている点は太陽だ。風が止むと舞い上がっていた雪が光の帯を作り、身をくねらせながら空へと消えて行く。そして風が通り過ぎると再び青空が顔を出し、ハイカーの口から驚いたように歓声があがった。

最初の予定では麦草峠から茶臼山、縞枯山へと進むつもりだったが黒百合平を経由して来たのでその時間は無くなってしまった。、どこか諦めきれない気持ちで目の前に臨むこの二つの頂を眺めた。
突風が吹いて雪に視線は遮られる。
その風に背中を押されるように五辻へのトラバースルートへ足を向けた。

そのニ へ続く

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