金峰山、甲武信岳

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩、***:タクシー)

◆10月23日
八王子(6:34) +++ 韮崎(8:29/8:50) === 瑞牆山荘(10:05/10:20) --- 富士見平(11:00/11:10) --- 大日小屋(11:55/12:05) --- 金峰山(14:15/14:30) --- 朝日岳(15:35/15:45) --- 大弛小屋(テント泊)(16:35)
◆10月24日
大弛小屋(4:35) --- 北奥千丈岳(5:15/6:15) --- 国師岳(6:20/6:30) --- 国師ノタル(7:45/7:50) --- 両門ノ頭(9:00/9:15) --- 甲武信岳(10:40/11:00) --- 甲武信小屋(11:10/11:15) --- 木賊山(11:25/11:30) --- (戸渡尾根) --- 甲武信岳登山口(13:30/13:40) --- 西沢渓谷入口(14:05/14:35) === 塩山(15:30/15:51) +++ 立川(17:21)

山日記

さあ行くべ!
玄関で登山靴を履こうとして「そういえばこの靴はソールが剥がれそうだったんだ!と思い出して慌てた。
どーしよう!どーしよう!靴箱の奥から昔使っていた靴を引っ張り出した。この靴は浸水がひどくなったので新しい靴に買い換えたけど捨てられずに靴箱の奥につっこんだままになっていた。この際だからしょーうがないこれで行くべ!この靴を履くのは実に5年ぶりだ。
実は準備している時に他にも色々と装備に不備があってゴタゴタしたのだ。パンツのゴムがユルユルになってしまっていきなり「こんにちわ!」したり、時計は自分で電池交換したら電子方位計がデタラメな方向を指すようになって「北はどっちだー!」とラジオメーターみたいに一人でクルクル回ったり。
だけど考えたらこんなゴタゴタはいつも大なり小なり起こっているので大した事じゃーないのだ!

韮崎駅を出ると数人の男性が「瑞牆山荘へのバスはこちらでぇーす!」と川崎仲見世通りの客引きみたいに連呼していて左を見ると一台のバスが停まっていた。
「フッ、あれだな!今行くぜぇー!待ってろよ金峰山!」 だがその前にまず腹ごしらえだ。駅を出てすぐ左にたしかうどん屋があったはずだけど・・・と見るとあれっ?うどん屋がパン屋に変わっている。あーぁ!アツアツのてんぷらそばにいなり寿司でも食べようと思ったのに・・・朝食がパンというのはどうもお腹がスカスカして力が入りそうにないけど、まーぁ無いものはしょうがない。
パンも立派なでんぷん質だ!秋のパン祭りだ!ってヘコンでしまいそうな気持ちを慰めつつサンドイッチを買うとバスに乗り込んだ。
僕を含めた5,6人の登山者がバスに乗り待っていると数分後に上りの電車が到着。その電車からは20人くらいの登山者がドカドカと降りて来て小さいバスは一気に満員になってしまった。
「座れてラッキー!」僕は膝に乗せたザックが重いけど座席に座れたことに安堵していた。すると運転手が「隣に停まっている大型タクシー(ワゴン車)も瑞牆山荘へ行きます。料金はバスと同じです。直行しますので急いでいる方はあちらへどうぞ!」と声を張りあげた。「またまたラッキー!」今日の宿泊地である大弛小屋へは到着が遅くなりそうだったので少しでも早く行ける便があるのはついているぞぉー!
座席を立とうとすると、立っていた数人が僕よりも早くドカドカとワゴン車へ移って行ってしまった。さらに運転手が「もう一台タクシーがあります。お急ぎの方はあちらへ!」との声に今度こそ!と僕も座席を立ち上がろうとしたけどザックが重くてまたまた出遅れてしまった。
先に出発したタクシーをジトーッと横目で見送った。たいしたことじゃない。計画が元に戻っただけだ。まぁーサンドイッチでも食べながらのんびり・・・前方を見ると「車内での飲食はご遠慮ください」の張り紙。
まぁーこれもたいしたことじゃない。

バスは増富温泉を過ぎると渓流沿いの道を走って行った。今は紅葉の最盛期、朝の陽を受けた色とりどりの葉が渓谷を流れる水の煌きに負けじと輝いている。あちこちにカメラを構えた人の姿が見受けられ、そのキラメキを一つでも逃さずにファインダーに収めようと奮闘している。
木々の間をすり抜けた無数の光の粒が車窓をすり抜けて僕の瞳孔をチクチクと刺激する「次回の山行は増富温泉から歩くっていうのも良いかもなー」とまだ歩き出してもいないのに早くも次の計画がピカリと頭の中に点灯する。
バスが向かう先を見ると木々の間から瑞牆山がチラチラと見え隠れする。「やっぱり次回は歩くしかねえべ!」と密かにもくろんでしまう。

瑞牆山荘でバスを降りると直ぐそばの岩にドカッと腰掛けてサンドイッチを食べ始めた。喉が渇いたので水を飲もうとしたけど水筒代りのペットボトルに水をいれてなかった事に気が付いた。水場を探していたら山荘の扉に張り紙があった・・・「水道はありません、水はこの上の富士見平小屋で」
苦しかったがどうにか水無しでパンを腹に詰め込んだ。喉が渇いているが小屋に着くまで一時間の辛抱だ。どーってことない!と思う反面、やっぱり水を一滴も持たないで歩くというのは何となーく不安に思える。
登山道は紅葉の真っ盛りで黄色に染まった木々を眺めながらゆっくりと登って行く。良いよなー!新緑と紅葉の季節は森が色鮮やかなのでその中を歩くだけで山に誘惑されそうだ。
あれっ?何となく自宅を出た時から感じていた違和感の答えが「やばいよ、やばいよ!」って感じで頭の中に浮かんで来た。今回は昔使っていた靴を履いて来たんだけどこの靴の時はソックスを二つ重ねて履いていたことを思い出した。最近まで履いていた靴はソックス一枚だけだったのでどうりで靴がスカスカしているはずだ。
それに歩くたびに足裏にガンガンと響いてくる衝撃も気になる。古い靴はソールにクッション性が無いのでソックス二重履きは緩衝の効果も兼ねていた。それが一枚では足が痛い、くそったれ!膝がまた悪くなりそうだ。

歩き出して30分は特にゆっくり登るように心がけているのだけれど今日は余りにも次から次と人に追い越される。余りにも追い越されるので段々自己嫌悪にさいなまれていく。「これ以上追い越されたらきっと自信喪失、ヘコンでしまうなー」と焦って少し歩くペースを上げる。
それでもやっぱり追い越されるので「ザックがデカいんだからしょーがない!」と何とか自分を励まして登って行く。
歩き出して直ぐの場所で道を譲ってくれたオバサンがとうとう追いついてきた。そして追い抜く時に「ごめんね!歩くのが早そうだったんで先に行ってもらったんだけど・・・」
ビシッと胸の中で頑張っていた氷の塊が割れてしまった。完全にこれで撃沈です!

富士見平小屋は唐松林の中にポツンとたたずんでいる素朴な小屋だった。テン場も気持ちよさそうな感じなので「次に来る時はここにテントを張って瑞牆山までピストンするのも良いなー!」ってまたまた未来計画を立ててしまいます。こんな風だから山はいくら登っても次から次と行きたい場所が出て来るんだな!と一人でウンウンと感心してしまった。
水をしこたま飲んだのでやっと生き返った気持ちがする。時計を見ると瑞牆山荘から一時間のコースを50分で登っていた、という事は遅いどころか早いくらいのペースでねーの?・・・まったく他の人の登るあまりの速さに驚かされてしまう。


大日小屋から大日岩を見上げる。雲がかなり多くなってきて嫌な予感。
富士見平小屋から唐松林の中を登って行く。木々の間にチラリと覗く空に少しずつ雲が増えてきた感じがして不安になる。
しかしその不安がみごと的中!大日小屋に着いた時には朝の快晴が信じられないくらいの曇り空になってしまった。たまに雲の間から青空が覗くが直ぐに雲の中に入ってしまう。
こうなってくると歩くことが途端につまらなくなってしまう。本当だったらここでババンとこの重苦しいマイナス思考を跳ね除けなきゃーいけないんだけど・・・お腹がスカスカ、靴もスカスカなので元気までスカスカと抜けてしまったみたいだ、なさけねえー!
上から沢山の人が降りて来る。僕のザックがでかいのを見ると「今日はテントですか?」と声をかけてくる人も少なくない。でもその後が決まって「朝は綺麗に晴れていて、ものすっごく良く景色が見えたんだけど降りる頃から急にガスって来て・・・」という言葉が続いて、もちろん本人は僕を落ち込ませようとしてこんなことを言ってるんじゃないけど・・・その人が見ただろう景色を脳裏に思い浮かべると羨ましくて、悔しくて・・・ということでまたしてもここで撃沈!。
岩のゴツゴツとした稜線に出た。本当だったら周りの瑞牆山などのゴキゲンな景色がズバッと見えるはずだけどガスって何にも見えません。
予想通り?金峰山山頂は真っ白で何も見えなかった。直ぐ後から登って来た男性と僕と頂上には二人だけ「何も見えませんねー」とお互いに苦笑し合うしかなっかた。今、山頂にいる人の中に日頃の行いがスゲー悪い奴がいるに違いない!こう思ってまたお互いに苦笑し合った。
もーこうなったら早くキャンプ地に行って酒を飲むしかない。とりあえず五丈岩の写真を撮ると直ぐに出発した。
山頂から歩き出すと気持ちよさそうな尾根歩きだ。
これで天気が良かったら・・・と思ったそばから雲が切れて紺碧の青空がチラリと覗いた。慌ててザックを降ろし三脚にカメラを取付け、セルフタイマーをセットして駆け出した。
この一瞬の青空を逃してたまるか!と慌てたのが原因だった。駆け出す時に三脚を蹴飛ばしてしまったのだ。スロー再生ビデオのようにユックリと三脚が倒れて行くのをただじっと見送るしか出来なかった。

金峰山山頂の五丈岩。ガスって何も見えません。日頃の行いが悪い奴がどこかにいるに違いありません。
弾かれたようにカメラを拾い上げる。電源スイッチを入れてみると液晶画面に文字が表示された。どうにかカメラは壊れなかったようだ。試写してみようとレンズキャップを外そうとした、ところが外れない。よーくカメラを見るとキャップがレンズにめり込んでいた。力まかせにキャップを外してみるとガラスの破片がパラパラ・・・・レンズが割・れ・て・い・る!!!
唇がワナワナと震える、頬がピクピク引きつる。「この先、写真が撮れない!」「いやそんなことよりもこのレンズはたしか5万円もしたのに!」今朝から小さいことだけど良くない事が次から次へと起こって嫌な感じがしていたけどいたがまさか、まさか・・・いうまでもなく深い漆黒の海底まで撃沈!
ザックからゴミ袋を取り出して地面に散乱しているガラス片を拾った。破片を一つつまんで袋に入れる度に本当にむなしくなってしまう。
地面に落ちている破片を拾い終わり、いよいよカメラに残っているガラス片をつまんでみる。
なんと奇跡は起こったのだ!割れているのはレンズの前に付いているフィルターだけだったのだ。残骸の中からこんにちは!ってレンズが現れた時は飛び上がらんばかりの嬉しさだった。ちょっとレンズに傷が入ってしまったがこの際まーこれも大したことはないのだぁー。

朝日岳山頂付近は立ち枯れの木が多い。一瞬の晴れ間にそんな木々が白く輝きました。
展望の良さそうな尾根歩きも直ぐに終わり、また樹林帯へ突入していった。この辺りから苔がビッシリと地面を覆うようになり、八ヶ岳の白駒池周辺を彷彿させるなんとも良い感じの森に変わって行く。
朝日岳山頂は周りをグルリと木々に囲まれているので展望は良くない。山頂の手前に西側が開けて展望が良い場所があり、金峰山が見えるはずなんだけどもちろん見えない。立ち枯れしている木の上に一瞬青空が覗いたが直ぐにガスってしまった。「大弛小屋へ向かおう!」再び雲に隠れてしまった青空にどこかフンギリが付いたように歩き出した。
ワァーワァーと人の楽しそうな声が聞こえてきた。峠には数台の車が止まっていて、その直ぐ脇で12,3人がバーベキューの真っ最中。登山の服装をしているので山から降りてきたのか?それともここにキャンプして明日、山に登るのだろう。
美味しそうな匂いをかきわけかきわけ小屋に向かった。
小屋の中からなぜかロシア民謡が聞こえてくる。扉を開けるとそこは凄まじい音符の嵐。
「カチューシヤ」を聞きかながら受付をする。「今夜、ロシア民謡を皆さんで歌います。飛び入り大歓迎ですからよろしかったらどうぞぉー!」小屋番さんは明るい人だ。曲が「トロイカ」に変わった。僕の後ろをふとっちょオバサンが歌いながら通り過ぎた。ソプラノの声がキンキンと響いていて頭がしびれた。とてもじゃないけど僕には耐えられそうに無い、歌えそうにない。
テン場代300円を払うと逃げるように小屋の外に出た。「ともしび」が外まで聞こえてくる。でもなぜ?なぜこんな静かな山小屋でロシア民謡を歌うんだろ?聞くの忘れたなぁー!と思ったが既に辺りは暗くなり始めていたので小屋横の水場でポリタンを水で満たし慌ててテン場へ向かった。

翌朝、3時に起き、朝食の支度をしながらラジオを点けた。知らない間に大変な事が起こっていた。
中越地方で大地震が起きたらしく、ラジオからはその被害状況を臨時ニュースとして刻々と伝えている。
そういえば昨夜6時ごろ、夕食のパスタを食べていると震度2くらいの地震があった。だけどラジオを点けていなかったのでまさかこんなことが起こっていたなんて全く知らなかった。

4時半にテン場を出発。周りのテントを見ても灯りが点いているテントは無い。小屋もまだ真っ暗だった。その小屋脇の登山道を登って行く。
道は必要以上?とも思えるくらいに木の階段や木道などで整備されていて歩き易かった。木が風にザワザワと揺れる音と靴がコツコツと木の回廊を響かせる音しか聞こえない。
森の中なので月明かりは届かない、真っ暗だけど見上げるとポッカリと星空が見え、無数の星が瞬いている。
前回の尾瀬山行で開眼した僕にとって夜ハイクはもはや気持ちの良いことだった。こうやって星を眺めながら凛とした夜の冷気に包まれることが心地良いのだけど、これが雨の夜でもそう思えるかはどうかまではまだ自信がない。

今朝のラジオのことがふと頭をかすめる。新潟の被災地の人々は今、この時間、どんな思いで朝を迎えようとしているのだろう?そう考えるとこうやって自分の好きなことが出来て、こうやって自由気ままに歩けることがなんて幸せなことだろうかとシミジミ感じるのだった。
歩いているとヘッドランプが暗くなり始めた。「フッ、来たな!」これも前回経験しているので慌てることはなく余裕しゃくしゃくだ。
電池は寒くなると電圧が下がることが分かったので今回は予備の電池を直ぐ取り出せるようにポケットに入れてきた。
真っ暗な中で手探り状態で電池交換する。最後の一本をパチンと差し込むとたちまち突き刺すような閃光が闇を引き裂き、進むべき道が目の前に現れる。ヘッドランプが本当に頼もしい奴に思える。

北奥千丈岳から見た夜明け前の金峰山、奥は八ヶ岳。

いよいよ一日の始まりです!良い日でありますように。
北奥千丈岳で一人、日の出を待つことにした。日の出にはまだ時間があるので先へ行こうか悩んだが、この先に展望が良い場所はありそうにはなかったのでここで待つことにした。
30分ほど待っていると6人パーティーが登って来て山頂は急に賑やかになった。空が段々と明るくなり始め、昨日登った金峰山、朝日岳それに八ヶ岳、南アルプスの山々が闇の中から徐々に浮かび上がって来る。

さーいよいよ夜明けだ!
東の方向はビッシリと雲海が敷き詰められている。その端っこに真っ赤な点がポッと点ったと思ったら段々と点が大きくなって行き、雲海の上に溢れ出た朱色が波紋のように広がっていく。

壮厳な一日の幕開けに皆、息を呑んで押し黙ってしまう。ただただ見入るばかりの光景だ。何度見ても元気が出る光景だ。
国師岳は北奥千丈岳から歩いて5分ほどのところにある。このてっぺんでまず視線に飛び込んでくるのは何て言っても富士山の姿だ。富士山っていうのは端正な円錐形をしているのでどこから見てもきれいな三角形をしている。今年登った、至仏山、槍ヶ岳、甲斐駒ケ岳のてっぺんからもやっぱり三角形の富士山が見え、ここ国師岳からもきっちり三角形をした姿を見ることが出来た。この当たり前のことがうれしくなってしまう。

ここから甲武信岳までが遠い!地図のコースタイムでなんと5時間もかかるのだ!
北奥千丈岳で一緒だったパーティーも国師岳から大弛峠へ降りてしまい、一人、その5時間の旅に歩き出した。


国師岳山頂。富士山が雲海に浮かんで見えました。

陽が登ると雲海が金色に輝いた。
国師岳から甲武信岳への道は地面一杯に緑色のコケが密集している森だ。朝の透明感のある日差しが木々の間から差し込み。いっそう緑を鮮やかに輝かせている。風が吹いて森がザワザワと音を立てる。秋にはこの木々のザワザワがたまらなく似合う。
「いいぞ、中々いいぞーっ!」僕はそのザワザワの中を歩いていく。歩くと風が出来る。その風はまだ朝の湿気を含んでいて柔らかく心地良い。
卑屈な性格なのか?普段の生活の中で「いやし系アイドル」「いやし系音楽」「いやし系ペット」など、“いやし系”って言葉を耳にすると「バーロー!そんなに誰も彼もがいやされたいのだろうか?」と反発心を持ってしまうのだけれどこうやって木々のザワザワに包まれているとこれもいやし系だよな!と一気に“いやし系”肯定派に変わってしまう。
甲武信岳へは5時間の道程、その間、森の良さに感動し続けるというのはさすがに難しい。確かに森は素晴らしいが展望は全く無くて単調な道だ。
ラジオを点けるとイルカさんの声が聞こえ「遠い世界に」という曲が流れ出した。この曲は昔の曲だけれどこうやって朝の森の中を歩きながら聞くとスゴク良い!2曲目は「この広い野原いっぱい」という曲だ、2番の歌詞の「この広い夜空いっぱい咲く星を一つ残らずあなたにあげる。 虹に輝くガラスに詰めて・・・」ってところが今朝の夜ハイクを思い出してたまんなくうれしくなる。
他に「風」「あの素晴らしい愛をもう一度」「翼を下さい」など珠玉の名曲ぞろいだ。
こうやって自然に接しながら聞いていると一つ一つの言葉から受ける小さな感情もストレートに感じとることが出来るから不思議だ。


両門ノ頭からは展望が良い。国師岳に雲がかかり始めた。


これから向う甲武信岳も南からの雲に覆われてしまいそう。
これらの曲は昔の曲だけど、今の歌みたいに愛だの恋だのベタベタと甘ったるいことがなく、聞いているとムクムクと足元から勇気が沸いてくる感じがする。
歌は人を元気付ける!そういえば昨夜の小屋で民謡を合唱していた人達も・・・
あーっ、あの人たちは歌う前から元気が良かったなぁー。
途中、両門ノ頭では展望が良く。金峰山、国師岳、その奥には八ヶ岳、これから向かう先には甲武信岳が良く見えた。ただ心配なのは南からモクモクと雲が広がりだし、今にもその雲に国師岳や甲武信岳は飲み込まれそうだ。向こうの八ヶ岳を見ると完璧に晴れている。なんで僕が居る場所だけ雲ってんだー!と雲の気まぐれにがっかりさせられてしまう。
登り降りがあまり無かった道もミズシへは一気に登る。登ったと思ったら今度は一気に降ってガッカリするがいよいよ甲武信岳へ向かって最後の登りだ。やっと長かった道程も最後だと思うと元気が出て一気に登ってしまった。
甲武信岳へ来たのは2回目、前回は高曇りの空、そして今回は・・・ガスって何にも見えない。頭上を見上げると細く羽毛みたいな雲がひっきりなしに流れていく。その中で太陽が薄くぼんやりと姿を出したかと思うとまた雲に見えなくなってしまう。周りの展望も同じでたまにふわっという感じで突然八ヶ岳が見るのだけれど皆がカメラを構えると見事に逃げられてしまう。
ここで雲の切れる一瞬のシャッターチャンスが来るまで待とうかどうしようか迷ったけど、実は先はまだまだ長いのだ。予定では甲武信岳を降りて西沢渓谷に滝と紅葉を見に行こうとたくらんでいた。北奥千丈岳に一時間も居たのでちょっと予定時間より遅れてしまった。残念だけどここでの展望は次まで取って置くことにして甲武信小屋へ降っていった。

国師岳から甲武信岳への道は地面一面、苔に覆われています。良い感じだけどとにかく長い!

甲武信岳山頂の標柱。山頂はあまり広くはないけど標柱はデカイ!
山登りを始めたばかりのころ、山小屋のオヤジの口の悪さには驚いた。その口の悪さに思わず蹴飛ばしてやろう!と思うこともあった。
その中にあって初めて「小屋のおやじって優しいな!」と思ったのがここ甲武信小屋だった。あれから十数年経っている。今ではそのオヤジの顔さえも忘れてしまった。もちろん小屋の様子もすっかり忘れてしまっている。小屋をこうやって訪ねてみても「こんな小屋だったっけ?」と首をかしげるばかりだった。
もしかしたらあれから小屋も変わって、オヤジも変わってしまったのもしれない。
小屋の中から楽しそうに笑う声が聞こえる。ちょっと覘いて見ようかな!とも思ったけど「こんにちは!」の後の言葉が見つからない。中に入ってモジモジしているのも変だし、オヤジの顔も憶えていないから特に何かを確かめるというわけでもない。結局、扉の前で立ち止まってしまった。

木賊山へ登るザレ場の途中で甲武信岳を振り返って見たら山頂はすっかり雲に覆われていた。さよならをすることも出来ずに降りることになってしまった。
戸渡尾根道はかなり急な道だった。1時間ほど降っているとそれまでの森の感じが変わり、狭い道の両側を常緑の潅木が立ち並ぶ道になった。たしかこの木はシャクナゲだ。シャクナゲがこんなに群生しているなんてすごい!開花の時期にはもうとんでもないことになりそうな感じだ。

シャクナゲの森を過ぎると広葉樹と変わり、木々の間から見える周りの山々はすっかりと紅葉している。ただもったいないのは展望が良い場所が無く、木々の間にかすかに見える紅葉にただため息をつくばかりだった。

途中で道が二つに分かれていた。地図を広げたが載っていない、なぜだぁー?
休憩していた人に尋ねると“徳ちゃん新道”の方が歩き易いと教えてくれたので右に進んだ。
“徳ちゃん新道”をドンドンと降りてくると唐松林がちょうど黄色に紅葉していて、晴れていたら太陽の光にキラキラ輝いていたら凄いぞ!と思うと残念だ。


甲武信小屋前には真っ赤な実がタワワに実っています。
こんな色々な森を抜けて西沢渓谷への分岐点までたどり着いた。ここで予定通り、西沢渓谷に行こうとして迷った。体も余力を残しているし足はまだまだ大丈夫だ、というよりもう少し歩きたいほどだ。
なのに躊躇(ちゅうちょ)したのは噂には聞いていたが余りにも観光客の数が多く、その雑踏の中にこのでかザックを背負って突入して行く気分にはとてもなれなかった。人ごみの中に身を置くことを考えると頭痛がしそうだ。

徳チャン新道をかなり降って来ました。唐松林が綺麗です。
一休みしながら考えよう!靴を脱いで草むらに座り込んだ。
風が吹いて木々がザワザワと音を立てて揺れた。その風の一片がフッと汗ばんだ体に触れて来て心地良かった。
そんなフワリとした感情が一瞬にして凍りついた。何気なく足を見てビックリした。靴下が真っ白になっている?靴の中を覗きこむとポリウレタンの中敷が粉々に砕けていた。この中敷は少しでも足への衝撃を柔らめようと交換した物だ。
ポリウレタンのソールは5年が寿命と聞いたけど中敷も同じように劣化してしまうのだ。
西沢渓谷に行くか、止めるか決めなくてはいけない!振り返ると山は重ったるい雲に頭を突っ込んでいる。頭のどこか隅っこに今朝ラジオから聞こえた歌がふっと浮かんだ。
「何かを求めて振り返っても、そこにはただ風が吹いているだけ」
・・・今日はこれで帰ろう!天気はシリアスに曇り空だし、西沢渓谷はまた天気が良い日に再訪しようと思った。

西沢渓谷バス停に向かう。
今回山行は雲の気まぐれに翻弄(ほんろう)されっぱなしの二日間だった。富士山、星空、ご来光それに苔むした森、思い出すと色んな景色を見ているはずなのにやっぱり青空の下で輝く景色を見てみたい。全ての景観を光とその影とでこの瞳でしっかり捕らえたい。
普通、天気に恵まれない山行のエンディングはかなりヘコンでしまう。だけど奥秩父の山々はどこか垢抜けしないと言うか、甲武信の音感が古武士、拳などを連想させるせいなのかもしれないけど無骨な山という感じがする。だから今回みたいに冴えない山行もどこか許してしまう気安さがある。
もう一度、再訪しよう!靴も買って、時計も直して、カメラのフィルターも買って・・・今度は万全で真っ向勝負だ!

川沿いの遊歩道を歩いて行く。観光客が歩道越しに歓声をあげ、立ち止まり紅葉にカメラを向けている。
僕の頭の中にはずっと木々のザワザワがリフレインしている。
シャクナゲの花はいつ頃咲くのだろうか?家に着いたらさっそく調べてみようと思った。

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