雲取山 |
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行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩、***:ロープウェイ) ◆11月18日 ◆11月19日 |
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山日記 乗り換えのために降りた東飯能駅は以前来たときに比べ新しくなっていた。あまりの変わりように駅を間違えたのではないかと思い、確認していたら乗り継ぎに遅れそうになり慌てた。(一度改札を出なければいけない) |
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地蔵峠を少し登ると展望が開けた 和名倉山が近い、両神山も良く見える |
大輪からロープウェイに乗る。ガンバって登山道を登りたい気もするがロープウェイだと2時間の登りが免除されると思うとナヨナヨと元気がしぼんで自然と足は駅に向ってしまった。 霧藻ヶ峰まではだらだらした道を登る。尾根道ではあるが特に展望がよいわけではない。地蔵峠から霧藻ヶ峰を登ったところで展望が開けた。快晴である。秩父の山々が一望に見渡せる。なだらかな山容の和名倉山はもちろん澄んだ青空の中、ギザギザ頭の両神山まで望むことが出来た。後から来たパーティーも歓喜の声をあげていた。しかしその声があまりにうるさいので昼食にしようと思ったが止めて先に進む。 |
白岩小屋は僕の好きな小屋だ。いかにも簡素で適当に汚く絶対これは面白いに違いない。ここに宿泊しようと少し心が揺らぐが明日の行程を考えるともう少し先まで距離を伸ばしておきたいので残念ながら止める。 小屋番さんと少し話す。和名倉山は良い山だが登山道は荒れているとの事。それから、「前白岩山から富士山を撮影しろ」という。なぜってそこが標高1776mで富士山が3776mだからその差が2000mとなり、2000年の記念になると言うのだが。。。 白岩山の頂上は明るく開けているが展望は無い。ベンチで休んでいると二人組みの夫婦パーティーからゆで卵を進められる。でも僕自身、立ち食いうどんを食べたせいでおにぎりが余っていた。お断りしたが本当に困っているようだった。しかし二人で6個は持って来過ぎだろう? |
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雲取山非難小屋から見た子雲取山へと続く稜線 雲取山頂上よりもここの方が展望が良い |
大ダワから道が男坂と女坂に別れる。休憩していた男性に「女坂の方が楽ですよ」と教えられる。だったら大変な方の男坂を登りたいと思ったが女坂を薦められてあえて男坂を行くのもその人に悪い。何でこんなところで遠慮しなければいけないのか?自分の気の小ささが嫌になりつつ女坂を登る。 それでも男坂のことが心残りになっていたので男坂と合流した地点から男坂を下り、再び登り返した。これで気分もすっきりした。だけど何の為こんなことしてんだろう? |
雲取山荘で水を補給して山頂に向かう。山頂では5,6人の人がいた。前回来た時の記憶ではもっと広く展望も良かったように思えたが、今回来てみるとそうでもない。少し下がった避難小屋の前の方が展望は良い。ここでは20人ほどが展望を楽しんでいた。 見るたびになぜか温もりを感じる富士山、少し雪に覆われた南アルプス、秩父の山並みは緑と茶色のまだら模様。しかし僕が一番好きなのはここから見る子雲取山までの石尾根のすばらしさである。広い尾根道がずっと続いていてまさしく天上の回廊を思わせる。七ッ石山やそば粒山付近でも同じだが、両側を木々に囲まれた広い尾根道をワシワシと歩くとこれはもう気分が良い。特にこの季節は道一面に深く積もった落葉に足先を埋もれながら歩いていると森と同化してくる感がある。 奥多摩の山特有のこの様な尾根道はどのようにして形成されたのかな?防火帯が登山道になったのだろうか? |
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ウイスキーを飲んでいたら富士山も赤くなっていた |
避難小屋はまだ新しく泊まり心地がよさそう。20人位は楽に泊まれそうであるが、この日は15人位だった。僕がもっと歳をとってテントを持って来られなくなったらぜひ泊まってみたい小屋だ。 小屋を出ようとしたら60歳くらいの男性二人が言い争いを始めた。一人が「小屋がいっぱいの時は幕営しよう」とツェルトを持って来たらしい。そのことを聞いたもう一人が「ツェルトをせっかく持ってきたのに使わないのはもったいない、バカだ!」と言い始めた。ツェルトの男性は「小屋の方が温かいので小屋に泊まる」と言うともう一人は「混んでいる小屋より一人で悠々とツェルトに寝たほうが楽だ」と主張。「どっちに泊まろうが俺の勝手だ!」とツェルトの男性の一喝で一件落着。 |
避難小屋の直下に草地があったのでそこにテントを張る事にした。富士山も真正面に臨むことが出きる。テントを設営したら早速にウイスキーを飲み始める。今回はつまみもいっぱい持って来た。そばの岩にマットを敷いて山々を眺めながらの一杯は答えられないうまさだ。 時折、目の前を登山者が通過していく。午後4時をまわったところで50人位の大パーティーが通り過ぎた。11月の4時といえばそろそろ夕暮れで、このパーティーが雲取山荘につく頃には暗くなっているかもしれない。リーダーも大変だ。 11月の宵はどこかものかなしく茜色に空を染めている。太陽はおぼろげな光になり行き交う人の顔にその光を投げている。朗らかな顔、疲れた顔、そして楽しそうな顔。頂上はもう直ぐだガンバレ! |
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石尾根いつも富士山を見ながら歩く気分が良い道 |
暗くなって星を見にテントの外に出た。東京とは思えない星空だ。漆黒の闇の中、三条ノ湯の明かりだけが晧晧と輝いている。 その時、何かしら気配を感じた。ライトの光をその方に向けてみる。鹿だ!鹿が身じろぎもせずにこっちを凝視していた。それも一頭ではない。十数頭の鹿がいる。その目にライトの光が反射して爛々と怪しく光っていた。僕はものの印象に左右されがちな男ではないけれどさすがにこれには気味の悪い物を感じた。彼らも僕も事を「誰だこいつ?何やっているんだ。こんな所で?ふん!」と思っていることだろう。日頃の自然動物愛護の精神も何処えやら「わっ」と大声を上げ脅かしてみた。彼らはものすごい蹄の走音と共に一斉に谷に向かって駈け降りていった。後には再び元の静寂な暗闇が訪れ、夢でも見たような感じがした。 |
夜中に何度か悲しげな鹿の鳴き声が聞こえて驚く。さっき脅かしたのでこれはその仕返しだな。 朝食を作ろうとテントの外に出しておいたポリタンを見ると半分が氷になっていた。カラカラ音を立てるだけで氷がポリタンから出ないのにはまいった。テント内の温度は−5℃である。外はもっと寒かったに違いない。おまけにテントは寒さのせいかバリバリに凍っていて撤収しづらい。 |
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雲上の回廊を思わせる登山道を鷹ノ巣山に向う |
諦めて七つ石山へ向かう。富士山を右手に見ながら気持ちの良い尾根道をどんどん進む。 七ッ石山付近から道が尾根道と巻き道とに分かれている。尾根道は高丸山、日陰名栗峰を通っていて展望がよさそうであるがアップダウンが激しく道はしっかりしているが踏み跡は少ない、皆は楽な巻き道の方を歩いているようだ。僕も最初は巻き道の方を歩いていたがこれではいかんと高丸山を過ぎたあたりで気合いを入れなおして尾根道を歩いた。 鷹ノ巣避難小屋は新しく泊まり心地のよさそうな小屋だ。小屋の前で4人のパーティーが焚き火でソーセージを焼いていた。ワイン付でうまそうだ。 |
草地に外人のアベックがシュラフに包まって日向ぼっこをしている。金色の髪が日の光に輝いて映画に出てきそうなシーンだ。ここは日原や峰谷のバス停からも案外近いので日がな一日のんびり過ごすのも良いかもしれない。僕はラーメンを作って陽だまりでの昼食にした。 単独行の男性と話す。昨日、雲取山荘に泊まったこと。休日には珍しく一人当たり1畳のスペースがあって良かったが、同室の男性のいびきがうるさくて一睡もできなかったそうだ。それには相当うんざりしたらしく、テント泊の僕にテント泊の装備に何が必要か?ザックの大きさは?等色々質問を受ける。この人もそのうちに僕みたいな漂泊者になるかもしれない。 鷹ノ巣山頂上は人が30人くらいと多い。大半の人は日原からの日帰りが多いようだ。 将門馬場ですすき越しの富士山を撮影。残念なことに少し時間が遅く富士山は白くかすみかけていた。 六ツ石山では展望はあまり良くない。ここで最後の休憩をして後は奥多摩駅に向かって下る。すごく充実した山登りに満足した。 どうしても気になったことがある。 |
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