那須岳

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩)

◆4月10日
上野(5:47) +++ 宇都宮(7:27/7:37) +++ 黒磯(8:27/8:45) === 山麓駅(9:45/9:55) --- 峰の茶屋(10:35/10:50) --- 朝日岳(11:30/11:40) --- 三本槍岳(12:35/12:55) --- 峰の茶屋(14:05/14:15) --- 茶臼岳(14:40/14:55) --- 峰の茶屋(15:10/15:15) --- 山麓駅(15:45/16:00) === 黒磯(17:05/17:11) +++ 宇都宮(18:00/18:01) +++ 赤羽(19:38)

山日記

バスを降りるとひんやりとした風が心地良かった。空を仰ぐとこれから向かおうとする那須岳の姿が紺碧の空の下にあった。
残雪の山が見たくて那須岳を訪ねてみた。やはり来て良かった。那須岳は関東の山だけど栃木の最北に位置していて福島との県境にある山だ。朝一番の東北線の鈍行に揺られてやって来たがさすがに遠い。
”4月に行きたい山”の一つがここ那須岳、4月になるとロープウェイが動き出すので僕みたいな雪山ビビリ屋でも手軽に残雪を体験できる山だ。
今回はロープウェイは乗らずに直ぐ横の登山道を歩き峰の茶屋を目指す。峰の茶屋までは歩いて一時間なのでそんなに大変ではない。それに登山道からの展望は素晴らしく、こんな晴れた日に風を感じられないロープウェイに乗ってしまうのはあまりにモッタイナイのだ。
車道にはまったく雪は無かったが登山道にはたっぷりと雪が残っていた。山麓駅から峠の茶屋までの登山道には足跡は無く「まさか他に登山者は居ないのだろうか?」と心配したけど登山指導所から上にはしっかりとしたトレースが付いていたのでホッと安心。直ぐ下の駐車場には沢山の車が見える。ほとんどの登山者は車で来たらしい。


登山指導所から見た朝日岳の稜線
雪に半分埋まってしまった鳥居の横をすり抜けて登山道を登って行く。潅木の下に積もった雪は多く、踏み込むたびにズルッと少し後退してしまい軽アイゼンが欲しいところだ。木々の間からは笹に覆われた朝日岳の裾野が見える。笹の緑と残雪の縞模様が春を演出している。
潅木帯を抜けると急に雪が無くなって赤茶けたザラザラな石の道に変わった。谷を挟んで右には天を突くようにそびえる赤茶けた朝日岳の姿が大きい。登り出してわずか30分でこの景色が間近に見られるというのは何て贅沢だろう。
朝日岳の左には二つのトンガリ岩が特徴の剣ヶ峰が見える。そしてその左にはこれから向かおうとしている峰の茶屋の避難小屋が小さく見えていた。

峰の茶屋に立つ。ここは風の通り道になっていて強風で有名な場所だけど今日はおとなしい。ここからは茶臼岳の西側斜面を見ることが出来る。陽の光に銀色に輝く残雪と岩が織り成すマーブル模様が素晴らしい。
稜線まで少し登ってみる。遥か西の方に見える尾瀬や越後の山々は真っ白でまだまだ春は遠そうだ。
避難小屋を覗いて見ると扉の窓ガラスが割れ小屋の中は吹き込んだ雪で天井近くまで埋もれていた。春になった今も厳寒な冬の様子を彷彿させる。


笹の緑と残雪の縞模様が良い感じ!

中の茶屋(昔は茶屋があったのだろうか?)からの朝日岳はでっかい!右下に写っている僕がやたら小さい。
歩き出してまだ30分なのにこの景色。うーん!
いよいよ三本槍岳へ向かう。行く手を阻むのは直ぐ目の前に臨む剣ヶ峰のトラバース道だ。この道は雪の急斜面をトラバースしていて数年前の4月に来た時は雪が多くトレースも無かったので諦めたが今年は雪が少なくてどうにか行けそうな感じだ。
ただ少ないと言ってもトラバース道にはまだしっかりと雪が残っているので初めての挑戦!はたしてビビリ屋の僕に歩けるかどうか正直心配だ。
小屋の陰で風を避けながらテルモスのミルクティを飲んでしばし休憩。だけど耳だけは他の登山者の会話に集中し少しでも情報を得ようと躍起になっている。
「行く時はまだガチガチに凍っていたのでステップを刻みながら歩いたけど戻ってくる時はグチャグチャに融けていたので楽だったよ」早くも戻って来た人の言葉を聞いて奮起、度胸をきめて雪の斜面に突入した。

初めてのトラバース道、それはまったくの雪一面の斜面だった。その斜面の上を足跡がポツポツと向こう側まで続いている。剣ヶ峰の陰になって風は動いていない。足跡に慎重に足を乗せていく。「もし!もし踏み外してしまったら下まで滑落してしまう!」そう考えたら及び腰になり、ぎこちない歩き方になってしまっていた。


峰の茶屋から剣ヶ峰、朝日岳を臨む
赤い屋根が避難小屋
ストックがあったならバランスがとり易いだろうが今さら思ってももう遅い。
もう見えるのは自分の足元だけ、周りはおろか3メートル前方も見られない。ゆっくりゆっくりと一歩ずつ足を進め、ビビリながらもどうにかこの50メートル程の斜面を無事に通過。再びゴツゴツした石の登山道が現れてホッと息をつく。
考えたらこの一本道、対向者がいなくて本当に良かったと思う。誰か前から歩いて来たらどちらかが回れ右して引返さなければならない。あんな所で体制を入れ替えるなんて冗談じゃないと思った。帰りにもう一度この道を通らなければいけないと思うと少し気が重い。

朝日岳への道は荒涼とした赤茶けた岩だらけの道だ。そこを一気に登って朝日岳への分岐点に立つ。ここから見る朝日岳は峰の茶屋から見たような峻険な山ではなく、ただの小さなピークにしか見えない。


朝日岳山頂からの茶臼岳
朝日岳頂上に立つと茶臼岳の全容が目に飛び込んできた。山頂の直ぐ南側は切れ落ちているので高度感があり、谷を挟んで対峙している茶臼岳の眺めは雄大だ。
西に目を転ずると赤土が露出した崩壊地の上に広い清水平の姿があった。白い雪に薄っすらと覆われた緑の笹原は空の青をすくい取ってそのたおやかな大地でしっかりと受け止めている。茶臼岳や朝日岳が空をどこか反抗的に疎外しているのとは対照的で柔らかな姿だ。
「今日は天気が良くて本当に良かったですね!」既に頂上を陣取っていた男性に声をかけられる。本当にそのとおりだ。空には雲一つ無く、春のポカポカ陽気に恵まれ、目の前にはこの景色、もう「良かった!」と言う言葉しか出てこない。
さっきまで元祖ビビリ屋だったことまですっかり忘れさせてくれる。

熊見曽根から清水平、スダレ山 笹原の中をそぞろ歩く
熊見曽根からでっかい空をぐるりと見渡す。那須岳は一つ一つの山は小さいが実に個性的な山々が集まっている。白い煙を吐き火山の片鱗を今も残す茶臼岳、アルペン的な様相の朝日岳、それからこれから向かおうとしている三本槍岳一帯は湿地帯を抱いたなだらかな山容。このピークに立つとこれらの山々を一望することが出来る。
稜線上の気持ち良い道をそぞろ歩く。右に茶臼岳、朝日岳、左に三本槍岳を眺めながらの天上のんびり歩きだ。ここからの朝日岳はまたさっきと違った表情に変わり烏帽子のようにシャクれた形をしていて中々勇ましい。
この気持ちの良い歩きも直ぐに終わってしまいなんともモッタイない。

清水平から熊見曽根を振り返る 左に少し頭が見えているのは朝日岳
眼下に清水平を見下ろす所までやってくるとその先にはフカフカの雪の斜面が待っていた。これをうひょーっと喜びながら駆け降りて行くと湿原に一本の木道が白い糸となって延びていた。木道の周りの雪は融けて赤茶けた土の上をサラサラと流れ春の装いだ。
二組の夫婦が敷き板の上に寝転がってくつろいでいる。その横にはガスストーブや食材が無造作に並んでいる。ここは風も穏やかで日向ぼっこをしながらのゴロゴロするのは本当に気持ち良さそうだ。

清水平からはたっぷりと雪に覆われた緩やかな道を登って行く。道はスダレ山の手前でほぼ直角に左に折れて三本槍岳への雪原に続いていた。

最終目的地の三本槍岳へはつぼ足で登って行く、たまにズボッと踏み抜いてしまうがそれも御愛嬌、距離が短いのでこれくらいは全然苦にならなず、むしろ笑ってしまう余裕さえある。
三本槍岳山頂は20畳ほどの広さで展望が良かった。北の須立山は雪の間に木がポツポツと見えているだけで地面が全く見えない。西の流石山も真っ白い雪に覆われている。雪が融けた頃にもう一度やって来てこれらの山にも行って見たい。
三本槍岳は那須岳の中では標高が一番高いのだけれど山自体は全体的にノッペリしていて迫力という点では茶臼岳、朝日岳に負けてしまっている地味な山だった。

三本槍岳から西の流石山を見るとまだ雪にしっかりと覆われていて思わずブルッと寒くなる

三本槍岳からは直接清水平まで雪原をゆく
三本槍岳から清水平までは雪原をショートカットして歩く。雪が笹原を覆っているこの時期だけの特典なのだ。
太陽の光が雪にギラギラと反射して眩しくて目が開けられない。眩しいけれどサングラスするのがもったいなくて自分の目ん玉でキラメキの中にある熊見曽根や朝日岳を探してボーッと眺めているとこのまま帰るのが本当に心惜しくなってくる。
強風の中に立つ。峰の茶屋まで引き返して来ると那須岳は本来の元気を取り戻し、朝ここを出発した時と比べて風が強くなっていた。
小屋の陰で風を避けてオニギリを食べていると茶臼岳から降りて来た20歳前後の男性が一人、剣ヶ峰に向かって行った。その姿を目で追っていると雪斜面への入り口から慌てて引き返して来た。僕にはちょっと嬉しい光景、ビビリ屋はどうやら僕だけではなかったようだ。再びあの剣ヶ峰の雪の斜面を渡ってどうにかここまで戻って来た。ビビリ屋にしては自分でも上出来だったと思う。形のくずれたオニギリが今の僕には一番のご褒美だ。
だけどこんな有様じゃビビリ屋を廃業するのはまだまだ先のようだ。

峰の茶屋からの茶臼岳

残雪に傾きかけた太陽が反射して眩しい
このまま下山する予定だったけれど時間があったので茶臼岳に登ってみることにした。
登山道のあちこちから薄っすらと白い煙が立ち昇り、硫黄の臭いが鼻腔をくすぐる。
降りてくる人たちとすれちがうと軽装な人達ばかりだ。多分、ロープウェイで茶臼岳に登り、峰の茶屋を通って下山するのだろう。
ジーンズにズック姿のどう見ても観光客にしか見えない人に「こんにちは!」と律儀に挨拶されるとどこかたじろいでしまう自分がいる。
茶臼岳山頂は岩が乱積して荒涼たる雰囲気だ。その中にポツンと鳥居があって祠が祭ってあった。ここでは登山者よりも観光客の姿が圧倒的に多い。
「頂上だぁ!」硫黄のツンとする臭いやモクモクと湧き昇る蒸気に子供達がはしゃいだ声をあげている。父親はどこかせわしそうにカメラのシャッターを押している。
頂上は子供達に開け渡して隣の南月山を眺める。なんともなだらかで茫洋な山だ。まだしっかりと雪に覆われていて茶臼岳とは対照的な山だった。
峰の茶屋まで行き返そうとして少し降りると赤い地面の小広い場所があった。登って来る時は気がつかなかったが眼下には広大な大地が広がっていた。

茶臼岳山頂には祠が祭られている
後ろは流石山
少し足を止めてたたずみ景色を眺める。このままいつまでも眺めていたい景色だ。下の方から風の音に混じってロープウェイのアナウンスが聞こえる。それは嫌な感じではなく、どこか懐かしいような感じがする。
元気を取り戻した風が背中越しに駆け抜けていく。その風のゆく先には春の光りにぼんやりと霞んだ柔らかな景色が遥か遠くまで広がっていた。
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