畦ヶ丸、菰釣山、高指山

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩)

◆5月5日
国府津(7:58) +++ 谷峨(8:28/8:30) === 西丹沢自然教室(9:10/9:20) --- 沢(10:00/10:15) --- 善六ノタワ(11:00) --- 畦ヶ丸(11:50/11:55) --- 畦ヶ丸避難小屋(12:00/12:30) --- 大界木山(13:15:13:30) --- 中ノ丸(14:25/14:40) --- 菰釣山(15:40)(テント泊)

◆5月6日
菰釣山(5:35) --- 油沢ノ頭(6:15/6:25) --- 高指山(8:30/8:40) --- 明神山(鉄砲木ノ頭?)(9:45/10:20) --- 三国山(10:50/11:00) --- 大洞山(11:45/11:55) --- 角取山(12:40/12:45) --- 籠坂峠(13:22/13:23) === 富士吉田(13:58/14:01) +++ 立川(16:00)

山日記

今回のコースは地味である。野球にたとえるなら中距離バッターばかりでホームランバッターがいないチームみたいだ。それでもこのコースを歩こうと思ったのには二つの理由がある。
一つは、先日、雑誌”山と渓谷”を見ていたら”私の好きな山”の記事の中で田部井淳子さんが畦ヶ丸を選んでいたからだ。畦ヶ丸は丹沢の端にある山で周りの山に比べて標高も低くそれほど人気がある山とは思えない。そのマイナーな山を田部井さんが選んでいるのだから「この山はきっとすばらしい何かを持っているに違いない。その何かを探しに行こう!」と思った。それに以前から菰釣山、高指山から見る富士山も良いと聞いていたのでいつか登ってやろうとも思っていた。
それからもう一つ理由。昨年、ゴールデンウイークに塔ノ岳から加入道山まで縦走したので残りを今年完走したかった。本当なら加入道山から続けなければいけないのだけれど一日目に菰釣山に幕営するには行程が長すぎるのでバスの終点である西丹沢自然教室から直接畦ヶ丸に登ることにした。

さすがにゴールデンウイークである、登山者で電車は満員である。僕の前に座った女性二人も山登りの格好をしている。「どこの山に登るのだろうか?」駅のホームや電車内で登山者を見かけると行き先がなんとなく気になって、それとなく装備を見て登る山を予想したりする。
そんな訳だから僕の目に座っている二人の会話に聞き耳をたててしまうのも仕方ない。二人の会話を聞いてみるとどうやら今日の目的地は箱根のようである。今、箱根ではどんな花が咲いているか?などの話題に会話が弾んでいる。それにしてもオバサンは花の情報を本当に良く知っている。山に限らず○○公園とか××通りとかありとあらゆる開花情報をつかんでいるのには全く関心してしまう。開花情報を売買する秘密結社か地下組織があるに違いない。
会話の内容で驚いたのは、この二人の女性は同じ山岳会に入っているらしいのだが会で計画されている登山に毎週のように参加しているということであった。そういえば西穂高山荘で同室となった70歳の男性、巻磯山の下山で一緒になった60歳の女性など話を聞いてみるとほとんど毎週、山に登っていると言っていた。まったく中高年の登山パワーには圧倒されるばかりだ。
「中高年をこれほど熱くさせる何かが山にはあるんだな、きっと。。。」などと考えていると谷峨駅に着いた。この駅で20人ほどの登山者が降りた。僕を含めた5人が西丹沢行きのバス停に並んだ。残りは待機していたマイクロバスに乗り込んだ。バス停でバスを待っていると小雨が降り出した。空を見上げるとどんよりとした厚い雲に覆われていた。去年の丹沢山行も天気予報は大外れ。一日目は曇り、二日目は曇り/雨だった。今日も天気予報では晴れだと言っていたがこの空を見ていると心配になってくる。
やってきたバスに乗ると登山客で満員状態である。「立ったまま西丹沢まで行くのかな」とがっかりしていたら玄倉で数人が降りたので座ることが出来た。

。。。しかしこの話はいつになったら山登りの話になるのだろう。ここまで書いてみて他人ごとのように歯がゆく思ってしまった。でもしょうがないのである。今回の山登りが今年になって始めてなんだから色々とうっ積していたものがあり、この山行記もウダウダと書いてしまう。ここでなぜ今日まで山登りに行けなかったを語りだすとそれこそ話が長くなりそうなのでいい加減にして話を戻そう。そして脱線しないようにしよう。


善六ノタワから畦ヶ丸までの登山道はシロヤシオの白い花で飾られている
西丹沢自然教室にバスが到着してドカドカと登山者が降りた。靴底の分厚い靴をはいた登山者ばかりがいっせいにバスから降りるのだからこの場合の表現はドカドカとなってしまう。この登山者の群れがやはりドカドカと檜洞丸へ向かうのかと思っていたらそうではなかった。十人くらいが畦ヶ丸へ向かう吊り橋を渡っていった。「畦ヶ丸って意外と人気があるな!」と感心してその列の最後尾に続いた。
5分ぐらい歩くと防砂堤があり、乗り越えると眩しいほどの輝きを感じた。白い砂が一面に輝いていて周りの新緑と対比して山の春を演出していた。いつの間にか空は青空に変わっている。子供が三人、水遊びをしている。気温は温かいが水はまだ冷たいのだろう、小さな流れを飛び越えては笑みを顔いっぱいに浮かべていた。
沢沿いの登山道を登っていく。権現山登山口を過ぎた所の沢で休憩する。ここにマットを敷いて寝そべって本でも読んだら気持ち良さそうな場所だ。ここが最後の水場なので今日と明日の二日分の水を確保しなければならない。天気予報では「予想気温は東京で28℃の今年一番の暑さになるでしょう」と嬉しいようなありがた迷惑のようなことを言っている。僕はあまり水を飲まない方であるがポリタンに給水した3Lでは足りないかもしれないと心配になったのでお腹の中にも出来るだけ水を溜め込んだ。

畦ヶ丸避難小屋のストーブ 変な形?
ここから登山道は少し登りがきつくなるがそれも善六ノタワと呼ばれている所まで登ると道はなだらかになる。こうなれば100%自然観察に没頭できる。この付近はシロヤシオが白い花を咲かせていた。この花の開花時期はもう少し後らしく咲いている花の数はまだ多くはない。
それにしてもこの尾根の新緑は良い感じである。同じ丹沢でも蛭ヶ岳や檜洞丸とは違い大きな木が少ないので素朴な美しさを感じる。田部井さんが好きな山に畦ヶ丸をあげていた訳もこのシロヤシオの白い花と万緑の魅力のせいだろうか?
畦ヶ丸の頂上は木々に囲まれていて展望は無い。30人位の登山者が弁当を広げて昼食中だった。
頂上が人でいっぱいだったのでそこから2,3分降りた避難小屋の前のテーブルでおにぎりを食べた。小屋は良く手入れがされていてトイレもある。部屋の真ん中にはでかいストーブがあって冬に泊まっても暖かそうだ。
菰釣山へ向かう為、標示に従ってモロクボ沢ノ頭への道を進むと急に人が居なくなる。新緑が眩しい尾根道の一人歩きとなった。

菰釣山々頂 ぶなの木の下にテントを張る
城ヶ尾峠では少しであるが人が増えた。三ヶ瀬から入山して菰釣山まで登る人達だろう。この辺りから木々に間にポツリポツリとぶなの木が増え今までとは違った新緑を見せてくれる。登山道もなだらかになり快適な気分で歩ける。
緩やかな登山道を登っていくと木で作られたテーブルで食事の準備をしている女性の姿が見えた。菰釣避難小屋は新しくはないが良く手入れがされていた。菰釣山々頂でテントを設営する場所が無かったらここまで戻ってきて小屋に泊まろうと考えていたが今夜、小屋に泊まるのは男女二人のパーティーだけのようなのでそうなっても窮屈な思いはしなくて良さそうだ。
挨拶だけかわして早々に菰釣山々頂を目指して歩き出す。頂上に着いたが期待していた展望は無く物足りなさを感じた。富士山、御正体山すべてが灰色の雲の中に沈んでいる。周りは曇っているのに自分がいるところだけが晴れているという全くおかしな天気だ。
山頂は広くは無いがかろうじてテーブルの横に空きを見つけたのでテントを張ることが出来た。でも正直に言えばどんよりした曇り空の下に一人でテントを張るのは寂しい気もする。直ぐ下の小屋まで戻れば人の温もりを感じられるのにと思った。
夕食までには時間があったので本を読む。もちろん酒を飲むことは忘れない。風が少し肌寒く感じられたのでテントの中に寝転がって読んだ。本を持つ手が疲れると手を下ろして空を眺めた。テントの上まで張り出したぶなの木の緑が空の青の中で揺れている。テント横のテーブルでいつの間にかやって来た小鳥が鳴き出した。テントから顔を出すと驚いて飛んで行った。

切通峠から鉄砲木ノ頭への登山道
バイケイソウを踏まないように気をつけて歩く
夕食にハヤシライスを食べてウイスキーを飲んでいたら途端に眠くなったのでシュラフにもぐり込む。夜中に数回眼が覚める。テントを張った場所は地面が傾いていて頭の方が低い。寝ている間に体が寄ってしまい頭がテントにめり込んでいた。ズリズリと足のほうに移動する。「あぁ!平坦な所で眠りたい」

アラームが鳴った。起きて朝食の準備を始める。風も無くテントの周りはシーンと静まり返っていたが4時を過ぎると鳥が一斉に鳴き始め朝を教えてくれた。素晴らしい朝の予感にウキウキした顔はテントの外に出てみたがあいにくの曇り空にいつものアホ面に戻ってしまった。山頂から見る富士山の姿を楽しみにして来ただけに残念だ。

ところがテントを撤収していると段々とガスが取れてどんよりとした曇り空の下にまだ雪が残る富士山が浮かび上がった。予想していたより富士山はデカかった。塔ノ岳から見たときもデカかった。
昨日よりだいぶ軽くなったザックを背負って高指山へ向う。歩いて一時間程するとだんだんと雲が取れてきた。太陽の日差しが雲の合間から差し込んできて木々を照らし、緑は鮮やかさを取り戻していった。思わずニンマリしてしまう。ニヤッほど陰険でなく、ニッコリほど開放的でもない。嬉しさを自分自身で分かち合うのだからここはやっぱりニンマリなのだ。新緑も良いし、新緑の間から時々顔を覗かせる富士山も良い。
”もう、みんなドンと来い!”状態で登った高指山頂上は頂上と言う感じではなく、歩いていたらいつの間にか着いていたという感じだった。山の雑誌で富士山の好展望地として紹介されていたが山頂は広くない。さっきより一段とデカくなった富士山を見るとギザギザのブルドーザー道が白く刻まれているのが見える。
空は青空に変わった。切通峠まで降り登り返すが気分爽快なので足がどんどん前に出るような感じだ。登っていると靴の裏にザラザラ、ガリガリといった感触を感じるようになった。溶岩の感触なのだろうか?いよいよ富士山が近くなった感じを受ける。明るい登山道には所々バイケイソウが群生している。踏まないように気をつけて歩く。

鉄砲木ノ頭(明神山?)山頂
広い山頂で富士山、山中湖が好展望
突然、目の前が開けた。目の前180度は何も無くなった。「カァーッ!」思わず歓声をあげる。富士山を中心に山中湖、石割山、大洞山が空という青いスクリーンいっぱいに映し出された。
今回の縦走は高い山が無いのでどうしても地味だったがここに来て一発逆転ホームランだ。地図では鉄砲木ノ頭となっているが山頂の標示では明神山となっていた。明神山は三国山から東に行った所にある山ではないのだろうか?疑問が残るがそれにしても山頂には僕一人だったのでまたしても展望独り占め気分を味わった。
カロリーメイトを食べて休憩していたが、じっとしているのが勿体なくて食べながら広い山頂をあっちこっちと歩き回ってしまうのだった。

三国峠に降ってみると舗装された道路に車が数台駐車してあった。
三国山への登りは思っていたより急であり「最後の登りだから焦らずゆっくり、ゆっくり!」と自分に言い聞かせながら登る。


三国山から大洞山までは新緑の中を歩く
三国山山頂は展望は無い。休んでいたらぶなの木の写真を撮っていた70歳くらいの男性が「どなたかカメラを忘れてますよ!」と声をあげた。僕の隣で食事をしていた夫婦が「先ほどそこにいた人では。。。5分ほど前に大洞山の方に行きましたよ!」と答えた。それを聞いた男性が自分のザックを降ろすとすごい勢いで走って行った。僕は慌てて「大洞山に行くので僕が追いかけます。。。!」と言ったが間に合わなかった。
それにしても元気な男性である。それに誠実な人である。今の世に中、クソ野郎が多いがまだまだ捨てたもんじゃない。
三国山から大洞山までは展望は望めない。しかし道の両側に展開される新緑は一見の価値がある。登山道が玄武岩で黒く、木々の緑と対照的でより鮮やかさを際立たせている。登山道というよりも遊歩道といった感じだがはっきり言ってこの道は歩かなけりゃ損だ!
大洞山を降るザレ場となり再び富士山とのご対面となる。
アザミ平と標示されている所に来た。方位標示板を見ると籠坂峠の指示しかない。畑尾山、角取山の指示は無いが目の前の山に向けて踏み跡があるので迷わず進入した。ところが登ってみても山頂を表す標示が無く、道も段々か細くなってきた。

アザミ平からの富士山
小さなザレ場に出た。ここで道はぷっつりと消えているのでここが角取山なのだろうか?。目の前の富士山が一段とデカイ。時間も12時を回って白く霞んではいるがその曲線美は隠せはしない。「これで富士山も見納めだ。今回の縦走もここが終点だ!」と充実した気持ちになった。

下山しようとして籠坂峠に降る道を探したが見つからない。はたしてここは角取山なのだろうか?とまた不安になった。
ここの2,3分手前の所に籠坂峠と書かれた小さな標示があったのを思い出したのでそこまで引き返した。
小さな標示だったがその道は結構踏まれていた。10分ほど降るとアザミ平からの道と合流したのでホッと安心した。

参考

水場:菰釣山避難小屋の水場は地図には無いが標示がある。表示は降り15分、登り30分となっていた。ヤマケイの地図では往復30分となっている。確認していないので何とも分からない。その他には水場は無い。
籠坂峠からは御殿場経由で東海道線で帰った方が近かったかもしれない。

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