白毛門

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩)

◆4月9日
上野(5:13) +++ 高崎(6:54/7:08) +++ 水上(8:11/8:19) +++ 土合(8:28/8:50) --- 土合橋(9:20) --- 松ノ木沢ノ頭(11:20/11:40) --- 白毛門(12:20/12:50) --- 笠ヶ岳(13:40/14:10) --- 白毛門(14:40/14:50) --- 松ノ木沢ノ頭(15:20/15:45) --- 土合橋(17:30) --- 土合(17:40/18:21) +++ 水上(18:32/18:49) +++ 高崎(19:41/19:59) +++ 上野(21:45)

山日記

日光の社山以来山からかけ離れた日が続いた。
秋田の乳頭山での遭難のニュースを聞いても登山者の無事を祈るよりも「山に登れて良いなー!」とピント外れな事を思ったりする。
山登り依存症の末期的症状に陥り、気持ちが枯渇してザラザラしていた。

3月26日の天気予報を見ると冬型の気圧配置が弱まり、やったぜぇー!いよいよ谷川岳の白毛門ヘ登るチャンス到来だ!と心が躍った。
出発の前夜、テレビで映画ホワイトアウトを見た。雪の中を歩く織田裕二の姿にに明日の自分を重ね合わせ「おーっし、僕もやったるぜぇー!」とやたら興奮してしまう。
それにしても織田裕二のラッセルはスゲェー!ラストシーンでは何と松嶋奈々子をお姫様ダッコして雪の中を歩くというトンでもない事をやってのけた。んー、ラッセルをやらせたら織田裕二は日本一かもしれん!と感心ながら布団に入った。

そして出発の朝、起きたら・・・・すでに短針が8時を回っていた。
完全に寝坊してしてるやんか!何ぃーやってんだ!このウツケ者!
キリリとした青い空を見上げ、ギリギリと歯軋りをしながら、またまた気持ちが枯渇していった
・・・カンチ〜!!!

その数日後、サイト「パノラマ写真で見る日本百名山」で僕が寝坊してしまったあの日、フカヤマさんがしっかり白毛門に登ってるのを見つけた!おまけに当日はカキーンとピーカンでないの!
僕も見るはずだった残雪の谷川岳のパノラマ写真が音も無く画面を回る。
クーッ!余りの悔しさに掲示板に嫌がらせ(ではないよ)の書き込みをしてしまった。
書き込みしても心は晴れない。ますます気持ちが枯渇してゆく・・・


高崎駅で7:08発の水上行に乗り換える。
谷川岳に行く時は決まってこの電車だ。そして決まってホームの立ち食いそば屋で天ぷらそばをテイクアウトして車内に持ち込む。
車窓に流れる榛名山などの景色を横目でチェックしながら猛然と天ぷらそばとサラダ巻にかぶりついた。いよいよ今日、白毛門に登るのだ。睡眠不足もなんのその!久しぶりの山登りなので気分が高揚して朝飯もウマイ!

電車は小一時間で旅館やホテルが連立する水上へ滑り込んで行く。
水上温泉にはほとんど雪が無く、温泉を取り囲む低い山々にも雪はない。
ずわーん!ただその間からニョッキリとまだ白い雪を抱く谷川岳が姿を見せた。一気に視界が狭まり、稜線のデコボコの一つ一つや山肌の岩や木まで確かめるように眺めていく。一度でも登ったことがある山に再会するのはどこか懐かしく、それでいてその度に新鮮さを感じるのは僕だけだろうか?多分、同じ列車でやって来た他の登山者も同じ思いに突き動かされているに違いない。

土合駅で電車を降り、地上への長い階段を登る。
ゆっくり登ったはずなのにそれでも地上駅に着いた時にはシャツにジンワリと汗がにじんでいた。
駅には駅員さんの姿は見えず、改札前にはテントが二つ張られていた。
構内に張られたテントを見るのは何度目だろー?最初見た時は「なんちゅーことしてんの!デタラメなクソ野郎(まったく言葉ワリィーし)がいるなー!」と憤慨したけど、今ではこれも土合駅の風物の一つに思えて「よっしゃー、いつかは僕も・・・!」とたくらんでしまうのだった。登山者のマナーが良いからなのか?「まー、しゃーないな!」JRも黙認しているみたいだ。

その横のテーブルで登山準備をする。
周りの登山者はしっかりと雪山用の靴を履いていて、軽登山靴で来たのはちょっと失敗だったかな?と不安になってしまう。
寒さは感じなかったのでレインウェアは着ずにスパッツだけを付け、フリースジャケットも脱いでTシャツ一枚になって外へ出た。

最初の一歩は澄んだ青空に出迎えられた。
おーし!青空はただそれだけで嬉しい。いっちょやってよろーやないの!と空を見上げる。
道の両脇には1メートルほどの雪の壁が出来ているけど寒くは無く、Tシャツの開放感が春を呼んで爽快な気分だ。
視線の向こう側、澄んだ青空の下には目指す白毛門山頂がかっしりと見えている。地図のコースタイムは3時間半だけど2時間位で届きそうな距離に見える。

土合橋を渡っていよいよ登山道を登って行く・・・と思いきや一向に登っていかない?道は川にそって辿るだけで一向に登る気配がない。10分ほど歩いたところで「やばっ、こりゃー間違えたかな?」と地図を見直すと白毛門への登山口は土合橋の手前から入るようになっていた。
バーロー!陽気で頭のネジが緩んでしまったのか?この道は蓬峠へ向う道だよ!
急いで引き返したけどこれで20分のロスだ。最初からこれじゃーさすがに疲れる!


樹林帯を抜けるとそこには雪庇が待ち受けていた。木のそばを歩いて行きます

土合橋の前に戻って見るとレストランホテルの前に白毛門登山口を示す高さ70センチほどの石標があって、何でこんなにデカイ目印を見落としてしまったんだろ?
んなろー、とにかく行くでぇー!気持ちをリセットして白毛門へて向かって行く。

橋を渡ると登山道は勾配が急になった。雪がまだしっかりと残った道をただひたすら登って行く。
10分ほど登ったら木々の間に突然谷川岳の東面が視界の中にお出ましだ!

岩壁に雪が残っている部分は日の光を反射させ眩しいほど輝いているけど岩が露出した部分はどこか暗い陰を思わせ、春の陽気の中でうごめく谷川岳の姿はまだまだ冬の様相をしっかりと残している。
スゴク良いぞー!憧憬の風景が今、目の前にある!
こんなご対面はホントに来て良かった!と思う瞬間だ。

もっと近くでハッキリと見たい!おーし、行くぞ!
と力んでみたけど・・・下から見た時には大した距離には思えなかったが、いざ登ってみると登っても登ってもまだ先があるのー?といった感じで中々樹林帯を抜け出せないのだった。


松ノ木沢ノ頭から白毛門へ向います。
雪の壁と言われるオソロシー箇所があるらしいのだけど・・・

なしてだ?こんなんダメじゃろー!
雪の下から飛び出た木の枝を心無い登山者が無残に踏み散らかしている箇所が数箇所あった。
トレースが付けられた頃は完全に雪の下にあった木々も、雪融けが進んだ今は発芽した枝を雪の上に覗かせている。そんな箇所ではなるべく枝を踏まないように別のルートを探しながら登って行く。

勾配が緩やかになって「いよいよ、展望が開けるかな?」と期待に胸を膨らませていると、予想が外れてデカイ雪庇地帯に突入。
木が生えている場所には地面がある!
木のそばを歩けば雪庇地帯は安心して歩く事が出来るのだった。

樹林帯を抜けて、急勾配を一登りすると松ノ木沢ノ頭に到着した。
さすがにここは谷川岳の展望台といわれていることにうなずける場所で天神平、西黒尾根、谷川岳、そして一ノ倉岳までグルリと見渡すことが出来る。
遥か下方に三角屋根の土合駅を見つけると、良くまー、あんな所から登って来たのー!と自画自賛したくなるような笑みが自然とこぼれる場所だ。

ずわーん!と広がる大パノラマ!白毛門のてっぺんに立ちました。見果てぬ景色がとうとう目の前に・・・

目指す白毛門はもー、すぐそこに見える。
山頂から下の谷に向かっての雪の上には雪の裂け目がいくつも出来ていた。ちょっとでも外力が加わったら一気に崩れ落ちそうな感じだ。

まだ雪が多い時期はここまで登ってきて引き返す人も少なくないらしいが・・・ここで休憩して一気に登ってやろうとザックからオニギリを取り出した。

このピークには先客がいた。男性一人とちょっと太目のビーグル犬だ。
オニギリを食べているとその犬が物欲しそうな目で僕を見つめる。「ごめんよー!オニギリしか無いんだよー!」ご飯は意外と犬には悪い食べ物なのだ。
しらんぷりして食べていると犬も諦めて主人の方に視線を移す。そこでポットの栓をパコンと鳴らすと「おやっ、なんかくれるのかな?」ってこっちを振り返る。でもしらんぷりしてオニギリを食べ続けているとまた視線を主人に向ける。そこですかさずパコンとやるとこっちを振り返る。これを数回繰り返していたら急に犬が吠え出した。
飼い主の男性がナンダナンダ!って僕を睨みつける。
そこですかさず 「ここ、白毛門。僕、知らんもん!」 ・・・ウッ、いかん!ぜんぜんウケてない。


白毛門山頂からの谷川岳 2ヶ月間閉じ込められていた感情が一気にスパーク!
ガイドブックを見て心配になったのが白毛門山頂直下にあるという雪の壁だった。
一体雪の壁って何だ?降りて来る人に訊ねるとそれは急な斜面らしいのだけれど注意して登れば大したことはないということだったので念のためここでアイゼンを付け、ピッケルを握り締めて進んで行く。
平坦だった道がググッと盛り上がって来た。
んなろー!足跡が残っている箇所はその跡に足を乗せ、グズグズに壊れている箇所はキックステップで雪を刻みながら登って行った。

白毛門からの朝日岳。
さあ、行くでぇー!はたしてたどり着けるのだろうか?

登りきると平坦な場所に飛び出した。
ここは谷川岳の展望が良いので数枚写真を撮って更に上へと登って行く。
鎖のある小さな岩を登る。雪が全く無いのでアイゼンの刃がギリギリと悲痛な音を立てる。

あれっ、ここ山頂?・・・何と知らぬうちに山頂に着いていた。あんなに心配したのにあっけなく山頂に立っていた。そうすると雪の壁ってどこだったんだろう?急斜面の所、それとも最後の岩場?・・・んー、分からない。

ただこれだけは言えるのだけれど、この日は雪融けがかなり進んでいて、雪も腐ってグシャグシャ状態だった。もしこれが厳冬期のサラサラやガチガチの雪だったら僕のように雪山の技術も経験もない者はとてもここまでは登って来れなかっただろうと思う。

ちょっと分かりづらいけど左から燧ケ岳、、真ん中が至仏山、で右が笠ヶ岳・・・なんだけど笠ヶ岳って一体日本にいくつあんねん!

武尊山は思い出の山。
また行きたいのーっ!かなり真面目に思ったりもする。

まー、とにかく無事、山頂に立てた。やっぱここからは眺望がスゲェー!
夏山も良いけど、こうして澄んだ空気を通して見る早春の山も良いねー!
チマチマとした空よりパコーンと澄んだ青空の下の山は最高っす!チマチマよりパコーンっす!
2ヶ月の間、山登りから遠ざかっていてあやうく干からびそうになっていてけど・・・
渇いたハートにはやっぱこれだねー!


こんなんどうです?
本気で良いと思う、笠ヶ岳までの稜線。

山頂から谷川岳を見てひとしお感激した後は、視線をクルリと回すとそこには・・・ジャーン!残雪の武尊山、至仏山が待っているのであった。

昨年の10月に尾瀬の山には登ったばっかりなので山の形を見ただけで直ぐにそれだと分かってしまう。
今年は例年になく大雪だったみたいだけれど、連日の陽気のせいか?かなり雪は融けてしまったようで思ったよりずっと雪は少なかった。

山頂で食事中の男性に声をかける。
この男性のザックにはスキーが付けられていて重そうだったけど、登り始めて30分くらいのところで見事にぶっちぎられてしまったのだった。
こなくそー!と思いつつ登って来たけど僕のザックは軽いにもかかわらず、結局この山頂に着くまでに一度も追いつくことが出来なくてヘコンでしまったのだ。
オニギリをほおばりながら30分ほど世間話をしていると、雪に差したスキー板を引っこ抜き、カシンカシンと乾いた音を響かせ靴に付けると「それじゃー、私はこれで・・・」と言葉を残すと疾風のように山頂から飛び出して行った。


おーし、おーし!行くのだ!
笠ヶ岳を目指して・・・青い空の下

慌てて男性の姿を追うと宝川温泉の方へ雪原にシュプールを描きながら滑り降りて行く。
すり鉢状の谷間はみごとなほど滑らかな曲線で山頂まで這い上がっている。真っ白い雪原にはダケカンバの茶色の木がポツポツと並んでいて広大な眺めだ。
真っ白い雪原に綺麗な円弧を描くのを見ていたら「ちくしょーっ!ええなー!気持ちええことしてんな!かっこええなー!」と思わずにはいられなかった。

予定ではこの山頂での休憩は10分だったのに気が付けば30分も休んでしまった。「こりゃ、予定より遅れたな、まずいなー!」と思いつつ今日の目的地である朝日岳を目指し歩き出した。

白毛門から笠ヶ岳までの稜線はものすごくなだらかで雪面にポツポツとトレースが続いている。
そのあくまでも優しい女性的なスロープに陽射しが燦々と降り注ぎ、銀色に光ると本当に嬉しくなってしまって、おーし、行ったるで!とホクホク顔になってズンズンと突撃していくしかない!
雪山の技術も無く、おまけにビビリ屋の僕にとって雪庇や急斜面は出来れば避けたい場所!
こんなノホホンと歩ける道こそ僕が求める道なのだ!


いよいよ、笠ヶ岳だ!後ろのピークは白毛門
時折、吐息のような風が頬をかすめて通り過ぎて行く。風に冬の冷たさは無く、仄かに木の香りを漂わせているのは山頂を覆うハイ松のせいかもしれない。
横に視線を移せばそこにはギザギザな谷川岳の姿が並んでいる!その光景は雪の眩しいほどの輝きに負けることなく力強く、それでいてどこかガラス細工みたいに壊れてしまいそうな繊細さも感じさせる。
サクサクとアイゼンが小気味良い音を立てる。
一歩歩く度に景色が移り変わり、その一瞬一瞬の光景が気分を高揚させる。
そしてもっともっと先が見たくなる。そうやって一歩、また一歩と僕を誘い止まないのだった。

笠ヶ岳山頂からの展望は白毛門からでは見えなかった武能岳から蓬峠、清水峠から朝日岳までが一望出来るのだった・・・それは、もースゴすぎる!
谷川岳の岩壁は雪を落として山肌を露出させていて、春の到来を予感させる光景だったけどこの稜線はまだ真っ白で、このたっぷりとした雪に覆われた山々を見ていると、この雪が夏までに全て融けて無くなってしまうということが全く信じられない。!


笠ヶ岳山頂はポッカリと雪が有りません

一年ぶりのアイゼン登場!


半袖でも暖かいてっぺんなのだ!

避難小屋の中は綺麗だった。雪はこんなもん!

時計は2時を回った。予定では朝日岳までピストンするつもりだったが、残念!そこまで行っている時間は無いようだ。
ただ気持ちの中では少し諦めきれなくも無い。頑張ったら朝日岳まで行って来れそうな気もするけど万が一、最終列車に乗り遅れると今日中に帰れなくなってしまう。
こうなると登山口を間違えたことによる時間ロスが痛い。


笠ヶ岳からの朝日岳を臨みます。
こなくそー!何とか頑張ったら行けそうなんだけど・・・

せめて中間点の小烏帽子まで行ってみようかとも思うけど、それだといかにも敗退の色が濃くなってしまうので気持ち良く山行を終わらせるためにここ笠ヶ岳を今日のゴールとしよう!

笠ヶ岳山頂は何故かそこだけポッカリと雪が無く、それに暖かだったので時間の許すかぎりのんびりと景色を眺めた。
・・・少しでもこの眺望を心に伝えようと思った。

パタパタパタ!北からヘリコプターが飛んできて谷川岳東面岩壁のギリッギリッの所をかすめるように飛んでゆく。何かを探しているのだろうか?
やがてそのヘリは天神平を過ぎ、南へ飛び去ってしまった。
ヘリコプターの姿が完全に視界から消えると、もう一人の自分が一日の終わりに近づいたことを告げている。
さぁー、僕達も帰ろう!


松ノ木沢ノ頭から白毛門を振り返ります。
ふんと良かった今日を思い出している!

帰路は登って来た道を土合まで引き返す。時間があるのでのんびりと降ってゆく。

白毛門山頂にはもう誰もいなかった。
山頂から眺める山々の景色も午前とは明らかに影の位置が違っていて時間の経過を感じさせる。

登ってくる時は慎重にステップを刻みながら登った所も、危険では無いことが分かっているので、やたらめったら雪を蹴散らせながら降りて行く。

松ノ木沢ノ頭でアイゼンを外すと気持ちがゆるんでホンワリとすると同時にぐったりとした疲れも感じる・・・でもそれが今は心地よい!
ザックにピッケルを取り付けると「ひどく、まったくひどく良かった山登りもいよいよ終わりだぁ!」と今日一日、瞳に映った映像が断片的に脳裏に浮かんで寂しくなってしまう。
早春のこの日、渇いていたハートもちぢんでいたハートもどうしようもないほど一気に元に戻ってしまった。

いよいよこれでさよならだ!
誰もいなくなった雪面に突き立てられた棒先の赤布が風にたなびいている。
目の前の谷川岳は蒼然として澄んだ空気の中に暮れようとしている。
振り返り見上げると白毛門は少し傾いた太陽に照らされて眩しいほど輝いていた。

そしてその上に広がる青空はいつもより遠くまで広がって見えた。

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