谷川岳、万太郎山、仙ノ倉山、平標山

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩、***:その他)

◆ 2019年10月9日
土合駅 (9:54/10:40) --- 西黒尾根登山口 (11:00) --- ラクダのコル (13:15/13:20)
--- 肩の小屋 (14:55/15:00) --- 谷川岳(トマノ耳) (15:05/15:10)
--- オジカ沢ノ頭 (16:10) --- 大障子避難小屋 (17:00)
山日記 (酔っ払い万事休す 編)

じめっと湿った空気がまとわりつくように体を覆う。
西黒尾根は風が強く周りの木々がザワザワと音を立てている。
今回の目的は谷川岳の紅葉を見る事、特に6年前に見た仙ノ倉山の紅葉がもう一度見たくてやって来た。

登り始めは急だった登山道は登るにしたがって段々と緩やかになって行った。
樹林帯は早く抜けて眺望の良い稜線に出たいと思いながら歩いた。
見えない空、暖かな日差しが待ち遠しい。

登山口から2時間ほど登っているとやっと南側の開けた岩場に出たので休憩する。
風は強かったけれど日差しが暖かくて寒くはなかった。
何より目の前に展開される谷川岳の山々の個性には変わらない素晴らしさがある。
良く名前の知られた急峻な緑の山々が青空の下で連なっている。

赤いロープウェイが山の斜面に沿っていくつも駆け上がっているのが見える。
天神尾根を目で追うとやっぱり谷川岳まで長いなと思う。
天神平から谷川岳は近いという印象なのでどうしても歩きがオーバーペースに成りがちだ。
特に夏は途中でバテている登山者の姿が少なくないのだ。


谷川岳を見上げると、なんでここだけ曇ってる!?紅葉もダメだし ・・・


ラクダのコルに着いた。ちょうど時間的にもこの辺りで降る人達とすれ違う。

ラクダのコルまで来ると一気に谷川岳の岩壁が迫って見える。
山頂付近は白い雲の中なので岩壁も寒々としている。振り返ると白毛門はキッパリと晴れているのに何でここだけ?
それに登山道の灌木もあまり紅葉していないので少し気持ちが凹んでしまう。

ここから道は岩場を登って行く。
ここまでのコースタイムが予定よりも遅れているので急がなければとは思うものの疲れるのは嫌だし、何より周りの景色を楽しみながら登るというのは外せないのでやっぱりマイペースで登るしかない。


後ろに見えるピークがラクダのコル。谷川岳以外はこんなに晴れている。

時刻はすでに1時を回った。
降りて来る登山者と5人くらいすれ違ったけど後姿を見送っては今朝何時から登ったのだろ?と思う。
逆に自分を前後して登っている人は今日どこに泊まるの?それとも今日中に下山する?と観察したくなる。前に来た時、午後3時になったら谷川岳から下山開始しますというツアー団体がいたので気になってしまうのだ。


標柱を登山者が囲んでいた。時間が無いので景色を眺めるとすぐに降りる。

肩ノ小屋は強風の中にあった。
立ち止まると一瞬にして体温が風に奪われた。
小屋横のベンチでザックからヤッケを出して急いで着ようとするけど強い風にヤッケがバタバタと暴れるので着にくかった。

ベンチにザックを置いて空身でトマノ耳まで登って行くと狭い山頂には多くの登山者がいた。
山頂は記念撮影の順番待ち状態で標柱を囲むように人垣が出来ていた。
「誰かに写真撮ってもらおうよ!」嫌な予感がした。案の定僕が指名された。それは三脚を持っているので写真を撮るのが上手いという思い違いなのだけど。

カメラマンは連鎖する。一人に頼まれると「じゃ私も・・・」と次の人にカメラを渡される。
他の人に記念撮影を頼まれること、シャッターを押すぐらいドーってことない、むしろ好きな位だ。
だけど今は時間が無い。この時点でかなり予定よりも遅れていたので知らない人のカメラを笑顔で受け取っている余裕はなかった。
僕も標柱の横に立って記念写真を撮りたかったけれど、もうその時間も無いのだ。

山頂付近のナナカマドなどの紅葉を期待していたけれど今回はダメだった。
「紅葉には少し早かったな」山コーデで身を固めた男性がオキノ耳へ向かって行った。
僕にはもうオキノ耳に行く時間も無いのでトマノ耳でグルリと景色を見渡しただけで慌ただしく山頂を後にした。


谷川岳もいつの間にか晴れになったけど風が強くてじっとしていると寒い。


暖かそうな肩の小屋から尾根を歩きだす。時間も遅いので誰も歩いていない。

小屋横のベンチでヤッケを脱いでいるとそこへゼイゼイと苦しそうに息をしながら若い女性がやって来た。「小屋の入口はどこですか?」この小さな小屋の入口を探す体力も無いのだろうか?

小屋の窓から中を覗いてみる。ガラス窓が暖気で結露しているので良く見えなかったけれど意外と人が多いのが分かった。この小屋に泊まろうと思ったことは無いので小屋の情報は皆無だ。

「これから万太郎山ですか?」風をよけるように扉の横で女性が休憩していた。
「ここから仙ノ倉山まで一度は歩いてみたいけど私には無理だし」女性の視線は遥か遠く緑の稜線を追っている。
肩の小屋から仙ノ倉山までのコースタイムはおよそ6時間なので頑張れば歩けない距離ではないと思うけれど、谷川岳から平標山までが「谷川岳で一番の景色、見なきゃ損!」だと思っている僕にとって何とも勿体ないと思わずにはいられない。

時間は午後3時、少し焦って緑のヤセ尾根へ突入して行く。周りに歩いている人の姿は無い。
時間は押しているけれどここから今夜の宿泊地の避難小屋まではほぼ下りなので気分的には楽だった。
谷川岳特有の笹に覆われた山肌を眺めながらの歩きは最高に気分が良い。
心配していた強風も天気予報の「夕方から風は弱まる」がピタリと当たって弱くなった。


茂倉岳と一ノ倉岳が一望できた。


振り返るとトマノ耳と肩の小屋。小屋に泊まってトマノ耳でご来光を見るのも良いかも。


ヤセ尾根は意外と岩場もあるのでストックを持ってこなくて正解だった。


オジカ沢ノ頭から俎ーを眺めると尾根に踏み跡がしっかりあるのが見えた。

オジカ沢ノ頭から俎ー(まないだぐら)山稜を見ると稜線に登山道らしい跡がハッキリと見える。地図には登山道の表記は無いので多分地元のハイカーだけが歩くような道なのだろう。
分岐で「間違って俎ーへの踏跡に入り込まない様に注意しなければ!」と思っていたけれど分岐にはそれらしい踏跡は見当たらなかった。

オジカ沢ノ頭までは岩場のあるヤセ尾根が続いたけれどその先はなだらかな草原のような道に変わった。
段々と日が傾いてきて小さな窪地にも影を作った。柔らかい日差しの秋の夕暮れに一人で散歩している気分だ。
ねぐらに帰るのか?時々鳥の影が音もなく横切って行くのが見えた。


こうしてみるとなだらかな尾根には違いないのだけれど。


段々と日が傾いていくけど一本道なので不安はない。

小障子ノ頭を下ると前方に今夜泊まる大障子避難小屋が見えた。
小屋の扉は開いていて中に人が居るのがと遠目でも分かった。
少しのんびり歩き過ぎたようだ。予定より遅くなってしまったけれどやっと小屋に着いた。

小屋の中を覗くと男性3人がお酒を飲んでいて、もう既にかなり出来上がっているようだ。
飲み会に遅れて行った時のように出来上がった雰囲気にどこかなじめない感じがした。
定員10人の小屋ではあるがド真ん中に3人が胡坐をかいて座っているので自分の居場所を確保するのも躊躇してしまう。

小屋に泊まるのは止めて外にテントを張ることにした。
谷川岳〜平標山間はテント禁止なんだけど大障子避難小屋は人が多くて泊まれないことがあるのでテントを持って来ていた。
初めての人と一緒にお酒を飲んで長い時間会話するのはどうも苦手だし、それに星空の撮影をする際に小屋の出入りにいちいち気を遣うのも面倒だ。

小屋の周りにテントを張る場合に気を付けることがある。
小屋にはトイレが無いので宿泊者が小屋周りのアッチコッチでオシッコやウンチをしているのだ。
その場所を外してテントを張らなければいけない、間違っても地雷を踏まないこと。

テントを張って中でビールを飲んでいると小屋の人がソーセージとパイナップルの差し入れをしてくれた。取っ付きにくく見えたけれど案外優し人達だったのだ。

文庫本を読みながらウイスキーを飲んでいたらもうすっかり酔っぱらってしまって星を撮ることなどすっかり忘れてしまった。
作っていたインスタントラーメンの鍋をひっくり返してしまって大騒ぎしていたら小屋から人が出て来て「大丈夫ですか?」と声を掛けられる始末だ。


小障子ノ頭まで来た。避難小屋はもう目の前だ!楽しい尾根歩きも終わりです。

目が覚めた。
暗闇の中でテントがガサゴソと揺れる音がしていた。
ただ事じゃない気配を感じて飛び起きる。枕元に置いていたライトで照らすとテントが大きく揺れていた。テント底も激しく暴れまくってクッカーがカタカタと音を立てている。
寝た時はほとんど無風だったのにいつの間にか強風になっていた。

テントは朝までこの強風に持ち堪えられるだろうか?いや、たとえ耐えたとしてもこの状況で眠れるわけがない。
小屋に避難しよう!それしかない!

シュラフをはい出て・・・あれっ腰が立たない!!!
いかん飲み過ぎた!夕べ(といっても2時間前)ビール1本とウイスキー1本を空けてしまった。
テントの中で膝立ちしようとしたがベロンベロンに酔っぱらっていてまともに座ることさえできない。
転がりながらもどうにかテントの中に散乱している物をザックに放り込んだ。

テントの外に出ると恐ろしいくらいの北風だ。雨が降っていないのがせめてもの救いだ。
小屋の扉を開けてザックを放り込んだ。
泊まっている3人は小屋の奥の方に寝ていたので出入口付近は空いていた。
眠っている3人には騒がしくて迷惑をかけているとは思うものの、この状況では気遣う余裕など無かった。
再びテントに引返して今度はテントマット、シュラフマット、シュラフを抱えて小屋へと運んだ。

最後はテントだ。
このまま朝まで放置しようかとも思ったけれど飛ばされたら嫌なので回収することにした。
ペグを抜こうと崖っぷちへ回った時だった。
酔っぱらってフラフラ状態なので誤って崖から足を踏み外してしまった。
体が完全に一回転した時、やばいと思った。このまま崖を転がり落ちる恐怖に全身が包まれた。

ところが体が2回転した所でどうにか止まった。3メートルほど滑落しただけですんだ。
崖は急斜面だったけれど一面に草が生い茂っていたのでそれがブレーキになったのだ。
助かった、死なずに済んだのだ。あのまま崖を落ちたら越後湯沢駅まで転げて行っただろう。
それにメガネもライトも失わずに済んだのも幸運だった。
草を掴んで崖をよじ登ると再びテントの撤収作業だ。

気持ちが動揺していたせいだろう。
張綱のペグを全部抜き終わってフライシートを回収しようとした瞬間、手の中からするりとシートが離れ、ほんの一瞬で暗闇の中に消えて行ってしまった。
慌てて飛んだ方向をライトで照らしてみたけどそこには深い闇が広がっているばかりだった。

テントを抱きかかえて小屋に入った。
酔いと疲れで倒れるようにシュラフにもぐり込んだ。

「良くここまで持ち堪えましたね。もっと早く来るかと思ってました」男性がランタンを照らした。
遠くで風の音がした。
どういう返事をしたのか覚えていない。

酔っ払い起死回生 編へ 続く
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