立山、大日岳 |
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行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩、***:飛行機) ◆9月27日 ◆9月28日 |
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山日記 AM 6:00
起きてベランダに出てみると西の空に虹。何だか良い日になりそうな予感。 こんな風に僕の立山行きはあわただしく始まった。 翌朝、 乗客の声で目が覚める。右の車窓を見るとそこには朝日に赤く染まる弥陀ヶ原、そしてその奥には大日岳の姿があった。次々と繰り広げられる雄大な景色、その中をバスはズンズンと走ってゆく。 |
室堂からの大日岳 とにかくこんな景色がぐるっと周りを取り囲んでいる場所なのだ。 |
室堂ターミナルに到着。バスを降りて呼吸すると鼻腔の奥にツンとした冷気を感じる。でもそれは不快な感じではなくむしろ頭を覚醒させる心地よい刺激だ。すでにここは標高2400mの高さなのだ。360度ぐるりと山々に囲まれた中に立つとそれだけで「やっぱり山は良いよなー!」と山に来れただけで素直に嬉しい自分が居る。 通路を通り抜けて一度ターミナルの建物の中に入る。ベンチに座って靴の紐を締めたり、地図を取り出したりと歩き出す準備をしている間も「早く外に出て雄大な立山の景色を見てみたい!」と言う気持ちでそわそわと落ち着かない。 |
さあ、そしていよいよ展望台に出る。そこには室堂平の姿が広がっていた。赤、茶、緑に彩られた草原が朝の澄んだ空気で輝いている。ただ残念なのは。。。そこには立山の広大な姿があるはずだった、しかし逆光となっているので眩しく良く見えない。「ここにはどうせ、午後にもう一度来るのだから。。。」と渋々雷鳥平テント場へ向かった。 |
散策路のあちこちにはカメラを抱えた人の姿が目立つ。道の脇にしゃがみこんで熱心に紅葉した植物を撮影している人々のそばを通り抜けてミクリガ池まで歩いて来た。この湖面に映る立山の山々の姿が素晴らしく、ビューポイントとなっているが今は逆光のため少し冴えない景色だ。 逆光で冴えない景色?いや本当はこれでも十分に素晴らしい景色なんだ。朝の澄んだ空気の中で周りをぐるりと山々に囲まれた眺望が冴えない景色なわけは無い。多分僕の期待が大きすぎるのだろう。でもそれは仕方ないのである、今までだってそうだった。山岳雑誌や登山ガイドの写真を見て心の中で思い描いた景色よりも実際に自分の目ん玉で見た景色は数倍素晴らしかった。山はいつでも僕の期待以上の景色を提供してくれた。今回も期待してしまうのも仕方ないのだ。 |
ミクリガ池 実に悔しい。逆光で立山は良く見えなかった。 |
予定ではミクリガ池から血ノ池を見てリンドウ池へ向かうはずだった。だけどミクリガ池温泉分岐点から見えた地獄谷の景色があまりにも白く輝いて見えたのでそちらに引き寄せられるように歩いていってしまった。 近づいてみると硫黄特有のつんとした臭いが辺りに立ち込め、地面のあちこちではブクブクと気泡が沸き立っている。遠目では輝いて見えた噴出物の白さが返って不気味に思え、思わず息を止めて通り過ぎる。 |
地獄谷 右上に映っているのは雷鳥平管理所を改築するため資材を運ぶヘリコプター |
ロッジ立山連峰を過ぎると目の前に広い草原が現れた。雷鳥平テント場である。地面は砂地で寝心地も良さそうである。そしてなによりも広いテント場は紅葉した山々にすっぽりと囲まれていて「こんな綺麗で爽快なテン場は他に無い!」と早くも”うふふ顔”になってしまうのだ。 早速、管理小屋に受付に行ってみると小屋は改築中で小屋番さんは居ない。「3時頃戻ります」と張り紙があったので取り合えずテント設営することにした。 テントの設営を終えるとタイミング良くお湯が沸いた。こんな何でもないことが妙に嬉しかったりするのもキャンプの良いところである。一仕事終えた後の一杯のラーメン!熱いスープをすすりながらオニギリにかぶりつくとこれがまたウマウマでよろしい。 |
不必要な装備はテントに残して立山を登る事にする。「ここまで来て”剣”を見ないなんてそりゃもったいないよ!」とそばに居た男性の声に背中を押されて直接真砂岳に登るルートは止めて別山乗越へのルートを行くことにした。内心では別山乗越から立山を回ると時間的に明るいうちに戻って来れるかどうか?心配だったが周りの華やかな景色を見ていたらそんな心配なんて消し飛んでしまった。 |
別山乗越への登山道は草紅葉で覆い尽くされている。木々も鮮やかな黄や赤に彩られていて登るにつれて万華鏡のように次々と目の前に現れる極彩色のパレードがたまらなく嬉しい。 振り返ると室堂の全景が見渡せる。2400mの高地にこんなにデカイ平原が広がっているという事にどこか神々しさを感じてしまい「立山の信仰登山はこの別天地のような室堂の景色に始まったに違いない!」と思わずにはいられない。 |
雷鳥平テント場 こんなに広くて、こんなに爽快なテン場で食べるラーメンはうまうまなのだ。 |
剣御前小屋まで登ると目の前に剣岳の姿があった。天を突くようにそびえるその姿は他の山とは明らかに隔絶して個性的だ。下のほうの目を移すと剣沢小屋の建つ三田平の黄色く紅葉している山肌がなんともたおやかで一層、剣岳の姿を峻険に見せている。 |
別山乗越への登山道途中から見る室堂 誰もが思わず振り返ってしまう眺望 |
ここから立山のミニ縦走が始まる。まず最初に訪れたのが別山だ。この山は剣岳と対座しているので山頂から見る剣岳は素晴らしく良いらしいのだが、あいにく今の剣岳は山頂の一部を残して雲に隠れてしまっていた。ちょこっと見える山頂から想像すると、晴れていたら評判通りかなりデカイ剣が拝めたに違いないと思うと残念だ。 |
「あーっ、見えんこつなっとー!」山頂でオニギリを食べていると九州訛りの女性パーティーが真砂岳の方から登って来てしきりに悔しがっていた。その気持ち、よーく分かるよ。わざわざ九州からやって来てお目当ての山が雲の中ではその落胆も大きいのだ。「もう10分早く登っていたら!もう10分早く出発していたら!」と思う気持ちは僕と同じだろう。この気まぐれな雲の彷徨に僕達はいつも一喜一憂を強いられてしまうのだ。 |
剣岳の姿と相反してここから見る真砂岳は茫洋としている。空を見上げると晴れているのに周りを見渡すと剣岳をはじめ、遠望の山々も全て雲の中、真砂岳、大汝岳だけが白鯨のように雲の波に浮かんで見える。 展望は良くないが真砂岳までの砂礫の登山道をのんびり歩くことにした。話は戻るが、地図では雷鳥平から別山乗越までコースタイム2時間と明記されているが登って見ると1時間10分で着いてしまった。今日はザックが軽いので足が良く前に出たのだろうか?と思っていると剣御前小屋で休んでいる人の口からも「あれっ、俺たち一時間で登ってしまったよー!」とか言う言葉が出ていたのできっとコースタイムが甘く書かれているようだ。 |
別山乗越付近からの剣岳 このまんま。 |
この調子だと室堂に予定よりもずっと早く戻れそうなのでなにも焦って歩く必要はなくなったのである。 それにしても周りの山が見えないのはやっぱり物足りない。大汝岳山頂で休んでいる人もやり場の無い達成感の存在を持て余している。 |
別山から真砂岳、大汝岳を見る 右の池は覗ヶ池 |
雄山に着いて驚いた。山頂は登山者で一杯で溢れてしまいそうである。雷鳥平からここまでは人の姿は多くは無かった。それなのになんでこの山頂だけ人が集中しているのだろう?見るとジーンズ、Tシャツにズックと軽装の人が多い。ザックも小さく、中には手ぶらの人も居る。皆、室堂から登って来たのだろうがそれにしてもここは3000mの山、おまけに季節は秋、これで天気が急変して雨でも降ったらこの人達はどうするのだろう?山頂を覆うガスの上には既に黒い雲が忍び寄っているかもしれないのだ。 僕の心配とは裏腹に山頂に居る人はどの顔も笑顔だ。ガスって何も見えないのは残念だけれど夏でも秋でも登頂の喜びは全然変わらないのだから。 |
山頂から一ノ越への降りはガスでまったく展望は無いので機械的に足を交互に動かしているに過ぎなかった。一ノ越から室堂への降り道はあまりにも整備されていてちょっとあじけない。周りを取り囲むんでいたガスもとうとうじっとりと湿気を帯び、体が濡れて来たのでレインウェアを羽織った。山頂に居た軽装登山の人はどうしているのだろか?とまたしても心配になる。 |
室堂にはガイドに連れられた団体さんが散策コースを進軍している。晴れていればどんなに素晴らしい景色と出会えたのだろう?しかし彼らも今は今日の宿泊地を目指して無言で歩いているだけなのだった。 雷鳥平テント場に戻りテントの中に飛び込み靴を脱ぎ捨て、安堵した途端にポツポツとフライシートを打つ雨の音がして来た。どうやらギリギリセーフだようだ。ウイスキーを飲みながらテントの前室を開けて外を眺めると小雨の中を何人もの登山者が通り過ぎて行く。足が重そうに見えるのは疲れているだけのせいではないだろう。 |
大汝岳から真砂岳、別山を見る。大海原を行く白鯨のようだ。 |
日が落ちると急に寒くなった。シュラフにもぐり込んで横になっているとすっぽりとテントを覆う闇に心地よく吸い込まれて行った。 |
雄山社務所の入り口にいたデカ魚 富山名物マス寿司供養のため? |
翌朝、目が覚めると天気が気になってテントから顔を出してみるのはいつものことだ。上を見上げると雨は降っていなかったがどんよりとした雲が頭上に低く立ちこめている。雲に覆われていたせいで気温はそんなに下がらず、この時期としては暖かい朝だ。 風は無風。僕のテントは風が無いとフライシート下に湿気が溜まってしまいテントの中は結露で濡れてしまう。そうやってすっかり重くなってしまったテントを撤収して出発した。 |
出発した時には周りの山々の頂きを覆い隠していた雲も時間が経つにつれて段々と消えて青空が見え始めた。今日は晴れそうな予感がする。 山を歩いているとふとした瞬間に「この山にはまた来るだろう。また来たい!」と思うことがある。今日は歩き出して30分でこの感情が頭を過ぎった。 |
登山道の周りは草紅葉の草原で露に濡れた草木がキラキラと輝いている。真夏の深緑の草木と乱舞する花との競演も良いが、今の移りゆく季節を精一杯生きるかのように山を飾る生彩の草木は気取りが無く、返って無垢な気持ちで対話が出来るような気がする。 草原に点在するチングルマの花は枯れ、今は穂だけを残している。その姿は弱々しく思わず守ってあげたくなるような感情を抱かせる。そのくせ小さな水滴を身にまとった姿は今この瞬間に生まれたように初々しくにも見える。 視線を左に移すと雷鳥平に朝日が当たり元気回復したみたいだし地獄谷は活発にモクモク白煙を上げている。ここでは全てのものが”生まれたて”なのかもしれない。 |
チングルマの穂 初夏には咲き匂っていた花も今は枯れてどこかもの悲しさを感じさせる |
岩場の登山道はそれはそれで刺激的だがやっぱり僕にはこんな草原歩きの方が「いいなーこんな道!」としきりに嬉しがってしまう。 頭上の雲は少なくなってきたがそれでも大日岳を眺めると雲で陰になった部分と日が射している部分があり、日が射している場所では紅葉が一層鮮やかだ。このルートは大した登りもなく展望も良いのであっちこっちに秋の姿を見つけては立ち止まって見入ってしまう。 |
カガミタン乗越付近から見る大日岳 |
前大日岳に登る途中でやっと出会うことが出来た。北アルプスと言えば雷鳥である。3羽の雷鳥が草むらの中をヨチヨチ歩いていた。僕の直ぐ後ろを歩いていた初老の夫婦に「あそこに雷鳥がいますよ!」と小声で教えてあげると夫婦は何かに弾かれたように夢中で写真を撮り始めた。 稜線まで登ってみると道の両側や斜面はウラシマツツジの紅葉で赤く染まっていた。ナナカマドの赤やダケカンバの黄、それからハイマツの緑と赤、黄、緑のコントラストが鮮やかである。「この植物達の色鮮やかな競演も冬に向けてのプロローグに過ぎないのだ。もう一ヶ月もするとここもすっかりと雪で覆われて全てが暗く冷たい冬をむかえるのだ。」と思うと何となくもの悲しい感じがしてしまう。 |
写真を撮っていると先ほどの夫婦が到着し、開口一番に「さっきはどうもありがとね」とまだ興奮状態だ。「山登りを始めて数回北アルプスに登っているのに雷鳥を見たのはこれが始めてだー。子供に良いみやげ話が出来ました」と言った時の顔はニコニコで本当に嬉しそうだった。 |
奥大日岳山頂から色々な山が見える。剣岳は山頂付近が雲に覆われて「まったく残念!」という言葉しか出てこない。 「西の方角に見える大きな山は薬師岳でなんですかね?」と言う言葉をきっかけに山頂に居た僕を含めて5人で山の名前当て討論会になった。地図を引っ張り出して見てみると形は似ているが薬師岳とは方向が少し違うようである。それにこんなに近くに見えるはずが無いのでは。。。それでは東に見える山はなんだろう?鹿島槍?白馬三山の鑓ヶ岳?と色んな山名が飛び交う。 そこは狭い山頂ではあるが秋晴れの太陽の下、空気が澄んでいて遠望が効くこの季節ではついついこんな会話もゆったりとした時間の中で過ぎていってしまうのだった。 |
写真では分からないけど背中意外は真っ白になっていた雷鳥 |
奥大日岳から中大日岳への道、それは段々と近づいてくる前方の大日岳を眺めながらの散策となる。そして常に左の視界に気になる風景、弥陀ヶ原をを眺めながらのプロムナードコースなのだ。スパッと切れ落ちた岩崖の上には茶色に紅葉した弥陀ヶ原が逆光で幻想的な雰囲気だ。その中を数台のバスが「ゴーッ」とエンジンをうならせて曲がりくねった道を疾走していた。 |
中大日岳から大日岳への登山道 奥大日岳、その左は剣岳 |
岩がゴツゴツとした急な道を登るとそこは七福園と呼ばれ、紅葉の樹林の中に白い巨岩が乱積している明るい場所でちょっと周りとは違った雰囲気である。 そこを抜けると木道が敷いてある場所で振り返ると剣岳の展望が良く、歩いているだけで爽快な気分になるのだった。 やがて目の前に赤い屋根の大日小屋、その奥に目指す最終地点の大日岳が見えた。小屋にザックを置いて大日岳山頂まで行ってみる。 |
なだらかな登山道を登って山頂に立つと剣岳、奥大日岳の展望が良い。先ほどまで剣の山頂を隠していた雲もいつの間にか消えている。写真を撮っていると人なつっこい岩ヒバリがぴょんぴょんと岩の上を散歩中。カメラを向けて追っかけると僕との距離を一定に保ってこれまたぴょんぴょんと逃げていく。最後には小馬鹿にしたように草むらに消えてしまった。 |
大日小屋の前のテーブルでラーメンを作る。バスの発車時間まで余裕があるので剣岳を見ながらのんびりと休憩した。 一時間も展望を楽しんでいるとまたしても雲の気まぐれが始まった。今度は下の方から終演のどん帳が下りるように雲が次々と湧き上がって来た。 「もーっ駄目だな!」と周りにいた人も迷走する雲に虐げられたかのようにため息を吐くと一斉に出発する準備にかかった。僕も弥名滝へ向かうため少し軽くなったザックを背負った。 |
大日岳山頂から見た剣岳 |
今、僕は雲の上にいる。分岐点から下を眺めると雲の切れ間に大日平が見える。緑の草原の中を銀色の一本の木道が遥か遠くまで延び、やがて雲の下に消え去っている。 心の中に残る風景は立山でもなく剣岳でもなかった。 |
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