槍ヶ岳

行程 (着/発)(+++:電車、===:バス、---:徒歩、***:その他)

◆9月11日
新宿(23:00) === 沢渡(5:20/5:30) === 上高地(5:55/6:25) --- 明神館(7:05) --- 徳沢園(7:45/7:50) --- 横尾山荘(8:35/8:40) --- 槍沢ロッジ(9:50/10:00) --- ババ平(10:30/10:35) --- 分岐点(11:45/12:00) --- 氷河公園(12:40/13:00) --- 稜線分岐点(14:25/14:30) --- 南岳(14:50) --- 南岳小屋(14:55)(テント泊)
◆9月12日
南岳小屋(5:40) --- 中岳(7:00/7:10) --- 大喰岳(7:35/7:40) --- 飛騨乗越(8:00/8:10) --- 槍ヶ岳(8:35/8:55) --- 飛騨乗越(9:20/9:30) --- 槍平小屋(11:10/12:00) --- 滝谷出合(12:35) --- 白出沢出合(13:30/13:35) --- 新穂高温泉(14:55/16:00) === 松本(18:00/18:35) +++ 八王子(20:35)

山日記 (憧れの氷河公園へ!編)

「月に一度はハッスル、ハッスル!」と言うわけで槍ヶ岳にやってきた。本当は月に一度どころか毎週でもハッスルしたいのだけれど今年の夏は猛暑と言われながらも前半は天候が不安定で午後に雨になることが多く、後半は土日の休みと晴れが重ならない、といったような具合で結局、夏に予定していた山行は甲斐駒ケ岳だけになってしまった。
これでは全然物足りない、夏は3000m付近をウロウロするのだ。これではまだまだウロウロ度が足りない。

山小屋のHPによると9月/上から紅葉が始まる9月/下までの間は登山者が意外と少ないらしいので夏の間に行きたかった槍ヶ岳も案外今が狙い目かもしれないと思い夜行バスで上高地までやって来た。

もーっ、強烈に眠い!
これ、山登りとは全然関係ない話なんだけれど・・・人は普段眠る時、仰向き、うつ伏せ、横向き、と色々な向きで寝る。
僕は仰向けに寝るタイプなので今までこんなこと気にしたことが無かったが、うつ伏せ、横向きに寝る人にとって夜行バスのシートは非常に寝にくいものらしい。いくらリクライニングシートといってもフラットにまではならないわけで、せいぜい間延びした”くの字”状態にしか背もたれは倒れない。もしこの状態でうつ伏せに寝ようものならエビゾリ状態になってしまってこれはかなり根性が必要だ。(まぁー、こんな奴いないが)

僕は生まれて初めて座席に横向きに寝る人を見た。それもすぐ隣でだ。隣座席のオジサンは普段どうも横向きに寝る人らしくバスの車内灯が暗くなるとすぐにゴロンと横向きになった。「よく、こんな横反り状態で眠れるな!腰は痛くないのかな!」と感心しながら横目で観察しているとさすがにオジサンも体が痛くなったのか段々と座席に頭を埋め、足を縮め、猫のように丸くなってしまった。僕はますますこんな格好で寝ている人を始めて見たので「本当に山登りする人の中には変わった奴が多いなー」と呆れてしまい気になって中々眠れなくなってしまった。
それでもウトウトしていた時だ、オジサンがゴソゴソやりだしたと思ったら丸まった格好のまま180度回転してゴロンと僕の方に寝返りをうってきた。
この丸猫状態でゴロンゴロンと右へ左への180度回転が夜通し続くのでその度に僕は目が覚めてしまって眠った気がしないままバスは沢渡へ着いたのだった。
沢渡でバスを乗り換えて上高地へ向う。バスの中で「ここで少しでも眠っておこうと思うけど車窓に映る朝の景色に刺激されてまったく眠れない。

上高地バスセンターに来るのは何度目だろう。夏に比べたらさすがにグッと人の数は少ないがそれでも50人ほどの登山者がパッキングをしたり着替えたりと出発の準備に余念がない。僕も昨夜コンビニで買っておいた弁当を食べ、ポリタンに水を満たすと出発した。
上高地から明神、徳沢園と平坦な道が続く。ここをのんびり歩いていたのでは体がいつまで経っても目覚めてくれないので少し歩く速度を早め心拍数を上げる。
梓川を横に眺めながらわっせわっせと歩いて行く。見上げると空はモクモクとした真っ白い雲に覆われていて、たまに青空が覗くがすぐに濁ってしまう。


ババ平からの展望。ここから大きく左に曲がると槍が見えるはずなんだけれど・・・
徳沢から見る前穂高岳の眺めは素晴らしいのに今日はあいにくと山の上半分は重そうな雲に隠れていた。
横尾山荘からは道幅もグッと狭くなり山道らしくなる。ここからはいつもの登りペースに戻りユックリと歩くようにする。
一ノ俣、槍沢ロッジ、ババ平と進んで行くが雲が立ち込めているせいなのか?それともここからではまだ見えないのか?一向に槍は姿を現さない。
大曲りから段々と勾配が急になってきた。と言うより気がついたら急勾配になっていた。地図の等高線の間隔も広いし、大したことはねえべー!と登っていたら、いつの間にか息が切れている。
ひたすら登るっていうのは実につらいと実感させられる道だった。周りを見ると沢山の人がやっぱり槍を目指して懸命に歩いている。にもかかわらず槍は全然見えない!コリャじらしだな、嫌な奴っちゃなー、ブツ、ブツ、ブツ ・・・
氷河公園への分岐点で水を3リットル補給する。南岳小屋にも水はあるらしいが雨水利用なので豊富に使えるというわけではない。節水に協力する為ここから持って行くことにした。でも後で考えると山小屋では水を売っているわけだからニコニコ現金払いで買った方が山小屋のためになるのかもしれないなー。

ドキッとした。槍が見えた。今日始めて槍が見えた。久しぶりに自分の目ん玉で槍の姿を見た。分岐点から歩き出して直ぐだった。何気なく槍の方向を見たら・・・あの鋭く天を突くような頂が山の間に見えたのだ。一瞬のきらめきにそれまでピアニッシモだった気持ちが一気にフォルテェシモへと達した。
やっぱり槍ヶ岳は良いよー、良いよなぁー!これだけ鋭鋒な山は他には無いもんなー。
「オーシ、オーシ!」やっぱり気合が入る。良い景色には疲れも一気に吹っ飛ぶ。だけど一度見えた槍の姿も直ぐにガスに隠れて見えなくなってしまった。だけど「そこにある」と分かっただけで嬉しくなって氷河公園へ向かうのだった。

氷河公園と言う名前からは氷と岩の荒涼とした情景を想像していたが別名の「天狗原」の方がまさしくピッタリと似合う場所だった。
ほんのりと赤く色付き始めたナナカマドなどの潅木が石灰色の岩の間に点在している。ナナカマドがもう少し赤くなって青空の下の槍だったらそれは綺麗な景観だろうなーと想像する。
今僕がやることは・・・この場所は「また来るぞ帖」にしっかりと書き込んでおくしかない。
融雪期にはもっと大きいのかもしれないが天狗池は予想していたよりもずっとコジンマリしていた。ガイドブックには「この池に映った槍の姿は北アルプスの絶景の一つ」と紹介されていたが今日は雲が多いせいなのか?正直に言ってそれほどだとは思えず少し拍子抜けしてしまった。
ただ天狗原の紅葉とその向こうに見える槍ヶ岳が素晴らしいことにはなんら変わりはしない。

天狗原からやっと槍が見えた。
やっとガスの切れ間に撮影したのだ。
赤や黄色に薄っすらと色付いた木々の間を登って行く。振り返ると岩がゴツゴツと乱積するただの窪地だと思っていた天狗原は上から見るとグルリと周りを鋭鋒な峰々に囲まれたオアシス、別天地だった。
天狗原の上方に目を向けるとズラリ横一列に並んだ蝶ヶ岳から大天井岳までの壮大な眺望があった。蝶ヶ岳は頂上付近まで緑の木々に覆われたなだらかな山、常念岳は他より一際高いピラミダルな山容、常念小屋はずいぶん下に見える。地図を見ると常念岳から約400mも下なのだ。それから大天井岳は山を覆う木々の緑色と山肌の赤褐色が縞模様となって、その左の奥に見える燕岳が緑と白の縞模様なのでこうやって並んでいると対照的で面白い。

透明な水を湛える天狗池に槍を映す。青空だったらもっと輝いていただろう。
槍沢ロッジの案内図ではこの横尾尾根登山道は梯子、鎖場有りの中級者コースとなっていた。
梯子を登っているとたまに「これをもし踏み外したら谷底まで真ッ逆様だぁー」と足が震えるような場所があるけどここは梯子も鎖も岩場の登りづらい箇所に設置されているだけで高度感も無くビビリ屋の僕でも安心して通過出来たのだった。
天狗原から見上げる南岳の稜線は直ぐ近くに見えるのに登っても登っても中々着かない。
鎖場を過ぎて前方を見上げると稜線上に人の姿が確認出来た。ゆっくりと登って行くと分岐点に3人の男性が居て「もう少しだ、がんばれっ!」と僕を迎えてくれた。

3人の男性、歳は70歳位だろうか?「どこから登ってきたんですか?」と訊かれたので「今朝、上高地を出ました」と答えると「さっきの女性もそうだったな・・・皆そうみたいだ・・・」と何やら相談し始めた。
そのうちに「南岳小屋に泊まるのは止めて槍沢ロッジまで降りよう。今日、ロッジまで降りておけば明日はずいぶん楽になる」と出発の準備を始めた。
ここから槍沢ロッジまで地図のコースタイムで2時間半、今が14時半なので普通に歩いて到着が17時頃になるけど大丈夫?だろうか。
山での行動は日没の2時間前まで!と言われていて今の季節は16時までには山小屋に入った方が良いんだけど・・・


天狗原から見るカールは何とも素晴らしい。少しだけ紅葉が始まっていた。 
「旅人の目をした男は引き止められない」と矢沢の永ちゃんも歌っているがまさしくその通り!
少し抑制しようと「この直ぐ下に梯子や鎖がありますよ!」と言ってみたけど馬耳東風で僕の言う事なんか全然聞いてない。引きとめようとしたのだけれど元気に降って行ってしまった。
ロッケンローラー!・・・と言うより中高年パワー恐るべし!・・・と言うよりチャレンジャー!・・・と言うより無茶で無謀オジジ達!なのだった。

ところで稜線上は一面ガスって展望はまったく無し、南岳も通過してトットと南岳小屋に向った。


横尾尾根から常念岳を仰ぎ見る。雲が多くていまいちだった。

「台風の中でテントを張った人達どうなりました?」
小屋でテントの受付を済ませると矢も立っても居られなくてすぐに質問した。南岳小屋のHPをみると先日の台風18号の時、ここで風速60mを記録したそうだがその強風の中、なんと幕営した人達が居たらしい。その人達がはたして無事だったのかどうか気になって仕方なかった。(後で掲示板を覗くとその事に関して沢山の書き込みがあった。最初から掲示板を見ていたらこんなにヤキモキしなくて済んだのに・・・)

テントを設営して早速ウイスキーを飲み始める。少し飲んだだけで目が開けられない位の睡魔が襲ってきた。昨夜はネコおやじのせいでほとんど眠っていないのだった。テントにもぐり込んで横になると直ぐに撃沈した。

眼が覚めると既に16時をまわっていた。ものすごく眠たいのだけど、それにもましてお腹もすいている。
夕食にパスタを食べるとカメラ、つまみ、それにウイスキーを持って散策に出かけた。
小屋の周りには展望が良い場所が3箇所ある。小屋の南側で北穂高岳を間近に見ることが出来る場所、それから東側の常念平と名付けられ、まさしく常念岳を眺めるのに適した場所、それから南岳山頂。
どこに行こうか迷ったが全部行ってみることにした。まず南側の展望台に行ってみる。夕方になって雲が少なくなり見えなかった穂高岳がよーく見えるようになっていた。それにしてもここからの穂高岳は険しくスゴイ迫力だ。

南岳小屋の向こうには穂高岳が見えるはずなんだけれど・・・
ゴツゴツしたでっかい岩の塊の中に登山道があるんだろうか?と思ってしまうほどここから見る大キレットは険しかった。北穂岳小屋もそんなでっかい岩の端っこにかろうじてシガミついていて「もーっ、ギリッギリの所で勝負してやっかんな!」って感じだ。
常念平からの常念岳を期待してきたが東側は雲が多く期待外れだった、だけど穂高岳の展望を楽しめた。

南岳から降りて来ると小屋から暖かそうなオレンジ色の明かりがこぼれていた。

南岳山頂でウイスキーを取り出す。北アルプスに来たからにはどうしてもやらねばいけないことがあるのだ。別にたいしたことではないんだけど・・・ウイスキーオンザロックを飲む事なのだ。
僕の好きなカヌー親分・野田知佑氏の本にしっかり書いてあった「キャンプした時は夕日を眺めながら岩の上にドカッと座ってウイスキーを飲むべし。これが本当のオンザロックだ!」これを読んでからというもの思考が単純な僕はこのベタなダジャレの”岩に座ってウイスキーを飲む=オンザロック”をこよなく愛好するようになってしまった。
不思議な物で山小屋に泊まると妙に落ち着いてしまって小屋の外に余り出なくなってしまう事が多いが、テント泊ではこの夕日+ウイスキーがたまらなく良くて、夕日をじっと飽きもせずに眺めながらチビチビとやってしまう。
あいにく今日は雲が多く夕日が見えなかったがそれでも薄ぼんやりと暮れていく槍ケ岳や穂高岳を眺めながらチビチビやっていた。すると夕日が雲の隙間に差しかかったらしく一瞬陽が差し込み、周り一面真っ赤に染まった。
槍も穂高も真っ赤になった。「すげぇー!写真だ!写真を撮ろう」とカメラを取り出したがそれはほんの数秒の出来事で幻を見たかのように元の薄ぼんやりした闇に戻ってしまった。

暮れ残る道を小屋まで戻るとオレンジ色した窓越しに人の賑やかな声が聞こえた。急に寒さを覚えてテントにもぐり込んだ。

翌朝、3時に起きる。
天気はどうだろうか?テントから顔を出して空を眺めると満天の星、今日は天気が良さそうだ。
あまりにも星が綺麗なのでテントから頭だけ出して寝転がり、しばらく星をボーッと眺める。これもテントの良い所だ。
星座とか全然ウトイ僕でも分かる星座が二つだけある。北斗七星、そしてオリオン座だ。ほぼ真上、夜空を見上げる僕の正面に三つの輝く星が並んでいた。
こうやって山の上から空を眺めていると地球のほんの小さなデッパリからポツンと宇宙を眺めている自分を感じる事が出来るから不思議だ。


朝起きると南岳小屋の風力発電が暗闇の中で唸りをあげていた。それを月がジーッと見ていた。

翌朝、南岳山頂で日の出を待つ。

満天の煌きの中にスーッと笠ヶ岳の方へ一つ、それから穂高の方へ一つと星が流れて行った。

4時半にテントを撤収、直ぐに出発が出来るように準備しザックを置いて空身で南岳へ向う。

南岳山頂は薄っすらと明るくなっていた。
ヘッドライトを消し、風を除けて山頂の東側に身を潜める。
そして明るくなり始めた東の空をジッと見つめた。

いよいよ槍ヶ岳だ!編へ続く

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