でかザックを買いに行く!

(注:最初、店名やメーカー名は仮名で書いていたんですが途中で僕自身がなにがなんだか分からなくなってしまいましたので実名で書きました。他意は有りません。)

「今年の夏は朝日岳に行くどぉ」と気合を入れる。昨年の夏は飯豊山に行った。東北の山は山小屋が少なく、有っても避難小屋か自炊小屋であり、それなりの装備が必要であること。人気ルートにある避難小屋は満員になることが多く、直ぐにすし詰め状態になってしまうことが予想された。
そこで奮起してテントを持って行った。これがすごく重いんだなぁ。予想はしていたけど太陽ギラギラの炎天下での登りは拷問でしかなかった。午後になるとザックの重みでショルダーベルトが肩にグリグリと食い込み痛んだ。
飛騨山脈などで大学の山岳部らしい女の子が自分の体よりデカそうな100L位のザックを背負っているのを見かけることがあるが小さな体でよくあんなデカいザックを背負えるもんだと感心してしまう。それに比べてオイラはたかが50Lのザックで弱音をはいているので情けなくなってくる。
今年はもうあんな思いはしたくないのでバッチリ対策して行くのだ。えっへっへ。

ザックのショルダーベルトに梱包用のエアーキャップを巻いてみた。背負ってみるとこれはソフトな感じで中々よろしい。我ながらいい考えだと思う。額から流れ落ちる汗も無駄ではなかった。ザックを背負う度に巻いたエアーキャップがズレてしまい位置を直すのが多少面倒なのはこの際しかたない。
浮かれ気分で鏡に映してみた。そこには実用的に工夫された傑作ザックの姿はなく、ただのみすぼらしい貧乏ザックが映っていた。薄ら笑いの自画自賛も一変して自己嫌悪に変わってしまったのだった。
。。。新しいザックを買おうと思った。

今使っているザックにもちろん愛着もあるが不満の点もある。
針ノ木岳に登り大雨の中、幕営しようとしてハテと困った。テントはザックの一番下に入っている。テントを出すには上にある装備を一度ザックから出さなくてはテントは取り出せない。。仕方なく雨の中に装備を投げ出した。ビニール袋で包んでいたので中は濡れなかったが袋が泥まみれになってしまった。また翌朝、撤収時も雨だった。テントはやっぱりザックの一番下に入れたい。テントを撤収している間、その他の装備はザックカバーに包んで雨の中に放置しなければならなかった。もうこんな思いはしたくない。それからというものテントは直ぐに取り出せるようにザックのサイドに付けるようにした。しかしこれでは左右のバランスが悪くなりテントが有る方の肩に負担がかかってしまい痛い思いをした。理想としては2気室ザックの下側にテント、上側にその他の装備を入れておけばテントを設営/撤収の時でも他の装備はいちいち取り出さなくても良いので便利であると考えた。そこで新しく購入するザックは容量60L位で2気室ザック が欲しいと思った。

鶴見のIBS石井スポーツに行く。この店は広いのでゆっくりと品物を見ることが出来て良い。店のドアを開けると目指すザック売り場に直行する。土曜日の午前中だったが客の数はそれほど多くない。壁一面に大中、さまざまな色のザックが吊るしてあり眺めるだけでワクワクしてくる。ザックを手にとって見た。普通の人だったらここでウフフと薄ら笑いを浮かべながらザックを舐めるように吟味していくのだろうがせっかちな僕は直ぐに答えが知りたい。それには僕よりもずっと知識が豊富な店員さんに色々尋ねたほうが早いに決まっているのだ。山登りを始めた頃は店員さんとの会話もかなり緊張していたのを憶えている。日焼け顔で見るからに”山ヤ”の店員さんに「どこの山に行かれますか?」「いつ行かれますか?」と質問されて「夏に丹沢です」と答えると馬鹿にされそうに思え、ついつい「八ヶ岳に小屋泊まり。。。かな?」と少し背伸びして嘘をついてしまったのだった。でも今は違う。日本百名山もけっこう登っているし、山屋専門用語にたじろぐ僕ではないのだ。
(ここでいきなり注意:僕の愛読書である登山入門には。。。自分の不注意で落石を起こしてしまった場合、もしくはそういう場面に接した場合は下の人に「ラーク!」と叫んで知らせてあげようと書かれているがこの「ラーク!」と言っているのを聞いたことが無い。石がゴロゴロしているところを「ゴーロという」と書かれているがゴーロと他人が言うのを聞いたことが無い。山は意外と日差しが強いのでチロリアンハットをかぶりましょうと書かれているがかぶっているのを見たことが無い。多分。。。これは本当なのだろうか?未だに悩んでいる。)
「60Lのザックを買いたいんですが。。」と言うと「それだったら良いのが有りますよ、うふっ」と壁の赤いザックを降ろした。カナダのARCTERYXと言うメーカーで僕は全く聞いたことが無い。品名はボラ65と山の道具なのに何故か魚の名前がついていた。また値段を見て驚いた4万円もする。今使っているザックは確か1万円もしなかった。こっちが素人だと思って高いザックを売りつけようとしているに違いないと警戒態勢をとる。横を見るとJ.WOLFSKINやLOWEが2万円、憧れのMILLETは少し高くて2.5万円で売っているのだ。
山登りをやろうと思った時、まず近くのスーパーで25L位のザックを買った。そのザックを担いで穂高岳に登ったら自分のザックと他の人のザックが違うのに気がついた。僕のザックは両側にポケットがついているが他の人のザックにはポケットは無く変わりにベルトがいっぱい付いていた。それがいかにも本格的な登山ザック見えてカッコ良かった。逆に僕の水色ザックは小学生ハイキング用に思えて恥ずかしくなった。歩いていると特にザックの背中にゴシック体の"MILLET"のロゴを見ることが多かった。その時以来、MILLETは憧れとなった。何を隠そう実は憧れのMILLETのザックを買おうと決めてきたのだった。だからそんなブリだとかタラだとか言うザックを持ってこられても困るのだ。目指すはMILLETに男一筋なのだ。
しかしとりあえず説明を聞くことにする。本命は決まっているが店員さんの誠意を無にするほど薄情じゃない。しかし説明を聞いてまず驚いた。最近の大型ザックは背中にフレームが入っていて肩に掛かっていた荷重を肩と腰とで分散するような構造になっているということだ。浦島太郎状態になってザックを見るとウエストベルトはクッションが厚く”クルリン”とした形で腰を包み込むようになっている。僕が今まで使っていたザックは背中のパッドは薄くフレームなどは入っていなかった。ウエストベルトにいたってはただのペラペラのベルトであった。そういえば山で見かける大型ザックの大半はこのクルリン型ウエストベルトだった。ウエストベルトはザックが横にぶれない様に固定するのが役目だと思っていたのでなぜあんなにクッションが厚いのか不思議に思っていた。「ちくしょーおっ!僕に内緒で皆、こんな良い物を使っていたのか!」と新しい発見にウキウキして来た。早くこのザックを背負いたい。どれだけ軽く感じるか試してみたい。
ザックを手に持ってみると僕が今使っているザックに比べてかなり重い。厚いパッドやフレームを使用した分だけ当然重くなっているのだ。荷物を軽く背負うためにザック自体が重くなっているとはなんだか矛盾しているような。。。
この連帯責任的な荷重分散機能を生かすにはウエストベルトの位置合わせが重要だ。これには色々な方法が有るが大半のザックはベロクロ(マジックテープ)でショルダーベルトの取り付け位置を変えられるようになっていた。ハイテクノロジーと汗臭い登山とはどこか無縁のような感じがする。「実は僕達、交際していたんです」と突然ザックに告白され、少し慌てた僕だった。
次の着目点はショルダーベルトだ。今までこいつのグリグリ攻撃に泣かされていたのだ。僕の考えでは形状は幅広く、クッションが厚いベルトが良いと思っていたが店員さんの話では「細すぎるのはだめだが、広すぎても手が動かしづらくなるのでほどほどが良い。クッションの厚さ、柔らかさはあまり気にしなくても良い」ということだった。そうしたら店員さんが例の4万円ザックを持ち出してきた。
「このザックのショルダーベルトは体にフィットする側を柔らかく、外側を硬いクッションの2重構造になっています」と言いながらベルトを折り曲げ始めた。「このように全体がしなり、一個所で折れ曲がることが有りません。するとどういう効果が有るかというと。。。(ここで一呼吸して)ザックの荷重が肩の一個所に集中すること無く、肩全体に広く分散するんです」とパスカルの定理みたいなことを言い始め物理の授業みたいになってきた。難しいことは僕には分からないが、ただ見た目が他のザックと違って丁寧に作ってあるのは分かった。

せっかくの機会だからわがままを言わせてもらえば僕はカメラをすぐ取り出せる上ブタに入れておく。だから上ブタのファスナー開放口は大きい方が良い。今まで使っていたザックは開放口が小さくカメラを出し入れしづらかった。しかしこの点も4万円ぼらザックはクリアしていた。
それから店員さんが「このザックは各部の形状一つ一つにこだわって作ってあるので担いだ時の体とのフィット感が格段に良いです」と言って空のザックにシュラフなんかを詰め込み始めた。色々なメーカーのザックに重り代わりにシュラフを入れて担いでみたが正直言って違いは分からなかった。ただ気が付いた事がある。大型ザックは担いだ時に自分の頭か、それ以上にザックが高くなってしまうことになる。ザックを担いで顔を上に向けた時に後頭部が上ブタに当たりやすいザックは担いでいて圧迫感を感じる。そのため後頭部の後ろにはある程度の余裕がほしい。良いザックはこの点を考慮してフレームの形状工夫されている。もちろんぼらザックも。

結局、3時間もこの店員さんと話してしまった。頭の中では初恋のMILLETからARCTERYXに心変わりし始めていた。最初は店員さんに「高いザックを売りつけようとしている」という猜疑心を持っていたがやっぱり店員さんも”山ヤ”であり良い物を薦めてくれていたんだと反省。でもやっぱりMILLETも捨て難い。悩んでいる僕の心境を察して店員さんが「値段も高いし、今後も長い付き合いになるだろうから今決めなくても良いですよ。じっくり考えて決めたらどうですか?」と言ってくれたのでその言葉に甘えて一旦店を出て、少し熱くなった灰色の脳細胞を冷まそうと思った。
鶴見川の土手で缶コーヒーを飲みながらザックに関して教わったことを思い返していたら急に他のメーカーのザックも見てみたくなった。そう思ったらいてもたってもいられず鶴見駅に引き返し御茶ノ水を目指し電車に飛び乗った。

御茶ノ水には数軒の登山専門店が有るので色々な装備が見れるのだ。数時間前にザック選びの手ほどきを受けたので心はいっぱしのザック鑑定人になっていた。3軒目にさかいやスポーツに行った。この店はカテゴリー別に店が別れていて取り扱う品物の種類が多い。ここでもZEROPOINT,KARRIMORなどを吟味していた。
そうしたら変な表示を見つけた。服のサイズみたいにS=50L/M=55L/L=60Lとサイズが別れているザックを見つけた。店員さんに尋ねるとこれはザックの容量の種類を表しているのではなく、バックレンス(背中の長さ)を表していて自分に身長に合ったサイズのザックを選べるということだった。話を聞いて「これは良い!」と思った。ベロクロでバックレングスの調整をしなくて良いし、調整箇所が無いのでシンプルで壊れ難く、それに軽そうである。このサイズ表示のメーカーは二つあった。一つはOSPREYである。しかしOSPREYは値段が6万円もするのでうーっ!高くて手が出ない。もう一つはGREGORYである。GREGORYは初めて聞く名前である。
”迷った時の店員さん頼み”というわけでこのGREGORYについて教えてもらうことにした。僕は知らなかったがザックの評判が良いメーカーということだった。感心したのがショルダーベルトの角度が変わるようになっていてより背中にフィットするようになっている。メッシュ状のサイドポケットが付いていて三脚やテントポールが装着しやすい。またサイドベルトも横V字になっているので一箇所で同時に上下二箇所を締めることが出切る。フロントにジッパーがあり、上ブタを開けなくても中の物が取り出せるようになっている。ザックの底が防水ナイロン地になっていて濡れた地面に置いた時でも濡れない。ショルダーベルト、ウエストベルトはボラと同じように硬い/柔らかいの2層になっている。なんだかGREGORYの宣伝みたいになってきたがとにかく細部にいたり考えて作られたザックだった。
気持ちはMILLET→ARCTERYX→GREGORYとどんどん浮気していったが僕はまだ迷っていた。なんせ4万円の買い物である。GREGORYのザックを手にしてぐずぐずしていたら店員さんが「荷重をいれて背負ってみますか?」と聞いてきたのでザックに10KGほど詰め込んでもらい背負ってみた。ピタッと背中にフィットする感じが心地よい。その時、僕と話をしていた店員さんが他のお客さんに呼ばれて行ってしまった。行く時に「このザックは値段は高いけど買って損はしないですよ」と捨て台詞を残して。。。
僕はこの言葉に大変弱いのである。「これは買わなきゃ損だ」「値段が高いけど長く使えるからかえって徳だ」なんて言われるといても立ってもいられなくなってしまい、いままでも多くの物を買ってしまった経験がある。
結局、今回もこの言葉の魔法にかかりGREGORYのザックを持ってレジに向ったのだった。

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