イビキ大王から逃げる四つの方法

それまで偶然に起こっていると思っていた事が実はある法則に基づいて起こっていることに気が付いたのは金峰小屋に泊まった時のことだった。

その日の宿泊者は30人位の大パーティ−と4,5人のパーティーが数組と単独の僕だけだった。
夕食が終わり、2階に布団を並べて場所割りが始まった。小屋番さんが「並べた布団の上に端から順に座って自分の場所を確保して下さい」と言う声で最初に30人のパーティーが順に布団の上に座り始めた。そうしたら二人の男性が「俺は端っこで良いから、良いから。。。」と他のメンバーに先に場所を譲り、自分達はパーティーのしんがりに陣取った。「なんて気配りの出来る人達だろう。やっぱり山男はこうでなくては!」と感心してしまった。
「あなた!確か一人でしたね」と次に指名された僕はこの30人パーティーの次の布団を割り当てられ、先ほどの二人の山男の隣に寝ることになった。

消灯の時間になり僕も布団に入った。今日一日の疲れが津波のように押し寄せて来てウトウト眠りに入ろうとした時である。隣の男性のすさまじいイビキが暗い部屋の中で炸裂した。僕と男性とはわずか30センチの距離なので地を這うような叫喚がビシビシと強烈に伝わって来た。
「しまった!やばい!!!」僕はイビキで眠れなかった事がこれまでの山小屋経験で何度もあった。「どうしよう!なんとかしなくてはいけない。明日のことを考えると少しでも長く眠っておかなければいけないのにどうしよう!」
そう思案していると、その男性の隣の男性もすっごいイビキをかきはじめた。「夏の終わりのハーモニー」ではなく闇に炸裂する二つの轟音状態となった。

僕は今まで山小屋に泊るとイビキに悩まされることが多かった。それもどういう訳か決まってイビキ大王の隣になってしまうのだ。
なんでいつもこうなるのだ!闇を見つめ、自分の呪われた運命を恨んだ。だが待てよ!こうなったのは偶然だろうか?今日の出来事を回想してみる。
「イビキをかく人は本人もそれを自覚している。山小屋に泊った時に他のメンバーの迷惑になることも分かっている」
「そうなると場所割りの時に他の人の迷惑にならないようになるべく端に寝ようとするのではないか?」
「それで他のパーティ−や僕のような単独の人の隣になってしまうのではないだろうか!」「きっとそうだ!」
いままで不思議に思っていたことが一気に氷解していくようだった。
今までイビキ大王が僕の隣になることが多いのは偶然だと思っていたが実は必然的に起こるべきして起こっていたことなのだ。
僕はハッキリ言いたい。パーティーの中にイビキ大王が居る場合はそのパーティーの真中で寝てくれ!少しでも被害を最小限に抑えるためにそのパーティー内で責任を持って対処して欲しいのだ。

イビキ大王から逃げる方法のその一
山小屋でパーティーの隣にならないようにする。なぜならイビキ大王はパーティーの端に寝ることが多い。

ここまでイビキをかく人をイビキ大王としてきたが、それには理由がある。それはイビキをかく奴ほどよく眠ると言うことだ。他の人の迷惑など一切気にせず、まさに王様気分で安眠している。
”悪い奴ほどよく眠る”という映画があったがまったくその通りだ。
今まで僕はイビキ大王と隣接して眠れぬ夜を過ごすことが多かった。そうすると自然とイビキをかく人の外見には共通の特徴があることが分かってきた。
その1:年齢はおよそ50歳以上の男性である。若い人や女性でイビキをかく人は殆ど居ない。
その2:太っている。太っていると気管を圧迫するのだろうか?。
その3:性格は陽気。これも相関関係があるかどうかは分からないが「陽気=無神経=他人の迷惑気にしない」となるのか?イビキかく人に限って山小屋で熟睡しているということを考えても神経質ではないだろう。

イビキ大王から逃げる方法のその二
イビキ大王の特徴:年齢50歳以上の男性で太っている。性格は陽気。こういう人には近づかない。

上の二つの方法でかなりイビキ大王から逃げることは出来ると思う。それでも運悪くイビキ大王の隣になってしまったらどうして逃げたら良いだろうか?その方法は「なるべくイビキが聞こえないようにする」である。
だがこれはそう簡単なことでない。
簡単に出来る方法としてまず頭に浮かぶのは耳栓である。しかしこの方法では目覚まし時計の音も何も聞こえない。特に僕のような単独では寝過ごしてしまっても起こしてくれる人が居ないので心配である。
布団を頭から被って寝るという方法もイビキ音防御に有効である。だがこれも暑い、布団が湿っていて不快、息苦しいなどの問題がある。
思い切って部屋の外(廊下や他の部屋)に移動したこともあった。だが環境の変化にかえって目が覚めてしまい眠れなかった。
知人からイビキを止めさせる方法というのを教えてもらった。人間というのは自分の名前に敏感で眠っていても名前を呼ばれると反応するということだった。試しにイビキをかいている友人の名前を呼んでみるとピタッとイビキが止まった。しかししばらくすると何事も無かったように再びイビキが始まった。
このイビキをかいている人の名前を呼ぶという方法はほんの一瞬だけ効果があるようだ。でも山小屋でイビキをかいている人の名前は分からないし、分かったとしても一晩中名前を連呼するわけにもいかない。
そこで僕が実践しているのは「頭と足を逆にして寝る」という方法だ。つまりイビキ大王が頭を東に向けて寝ていたら自分は頭を西に向けてなるべく震源地から離れて寝るという作戦だ。
これは簡単な方法であるがかなり効果がある。他にも色々な方法を試してみたが、今のところこれ以上良い方法は見つからない。

イビキ大王から逃げる方法のその三
運悪くイビキ大王の隣になったら少しでも離れて眠る。頭と足の位置を逆にしてなるべく遠ざかる。

いつも疑問に思うことはイビキ大王本人は自分のイビキがうるさくないのだろうかという事である。
僕はイビキがうるさくて眠れないのだが考えたら電車の騒音の中やコンサート会場の大音量の中でも平気で眠ってしまうことがある。
確かにイビキはうるさくて安眠を妨げる原因ではあるのだが山小屋で神経質になっている僕自身にも眠れない原因があるのではないだろうか。
イビキが気にならないようにするにはどうしたら良いか?
僕が実践している方法は単純に酒を飲んで泥酔してしまうことである。酔っ払って「イビキなんかドンと来い!」状態になってしまえば怖いものはない。お酒が好きな僕にとって最良の方法である。

先日、「眠り」をテーマとしたテレビ番組をやっていた。眠りは約1.5時間周期で浅い眠りと深い眠りが交互に繰り返されるということだった。脳が休息するのはレム睡眠と呼ばれる深い眠りの時だけだそうだ。
ここで問題になるのは酒を飲んで眠ると血液中のアルコールが分解される間の約5時間はレム睡眠にはならず、浅い眠りだけが続くということだった。脳はその間は休息しないので長時間寝ても眠く感じるということだった。
だがそれが本当だとしても夜の間、羊の数を数えているよりは、たとえ眠りが浅くても朝まで目が覚めない方が良いと思う。
ただこの方法の問題点は山では歯を磨かない僕の翌朝の口臭だ。

イビキ大王から逃げる方法のその四
イビキが気にならないようにお酒を飲んで酔っ払ってしまう。

イビキ大王から無事に逃げたのにどうしても眠れない時
以上4つの方法で安眠の大敵であるイビキから逃げることができる。それでも眠れない時、僕なりの対処方がある。

その1:枕もとに必ず水を置く。就寝前に水分を十分補ったつもりでも意外と夜中に咽が乾く。そんな時、ザックの中を探したりしていると眠気なんか吹き飛んでしまう。
それから眠れないときに水を一口飲むとなぜか気分が落ち着く。
普段、コーヒーやお茶が好きで飲んでいる人は眠れない時にそれらを一口飲むと落ち着くので、そういったものを水と一緒に枕もとに置くのも良いかもしれない。
雑誌に「就寝前や夜中にコーヒーやお茶を飲むと離尿作用でトイレが近くなるし、カフェインのせいで興奮して眠れなくなるので良くない」と書いてあるのを読んだことがあるが少量飲む分には問題がないだろう。

その2:眠れずに寝返りをうっているうちに体に力が入ってしまってそれが緊張の原因になっている時がある。こういう時はまず、右手の筋肉に力をいれて、一気に力を抜く。これを左手、右足、左足と順に行い、最後に全身の筋肉に力をいれて一気に抜くと体の力が抜けてフニャフニャになりリラックスできる。

その3:どうしても眠れない時はひらきなおる。これは山の雑誌に書いてあったことだけれど、たとえ眠れなくてもじっと横になっていれば眠った場合の7割位は疲労が回復するということだった。元々睡眠とは脳の休息なので横になって休んでいるだけで体の疲労は回復するということだ。僕も今まで数回、眠れないまま翌日に登山したことがあるが(夜行列車を利用すると殆ど寝ていない場合が多い)次の日に「体が動かないな!」と感じたことはない。
夜中に目が冴えてどうしても眠れない時「こうなったら朝まで起きていよう!」とひらきなおった途端に気持ちが落ち着いて眠くなることもあった。
ただ今までの僕の経験ではどんなに眠れない時も何故か時計が午前3時を回ると急に眠くなる。緊張も一晩中は続かないようだ。それと不思議なことにイビキ大王も3時を過ぎると急に静かになる。何故だろう?
でも。。。眠くなって、イビキも聞こえなく時間になると早立ちの人が起きて来るので結局眠れないのだ。

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