山登りとキセル (1/2)

煙管(きせる)は両端が金属で、間の部分が竹で出来ているので「中抜き」乗車を キセルと呼ぶようになったわけですが、近頃は自動改札機が普及して入場した際の時間が切符や定期券にしっかりと記録されるのでキセル乗車は姿を消してしまったようです。

登山者のキセル行為について書くと何だか身内の悪事を暴露しているようで恥ずかしさも感じるのですが最近はキセルする登山者も少なくなり(多分)、このコラムがキセルを助長することにもならないと思われるので書いてみました。

谷川岳(土合駅:上越線)
この話は白毛門に登った時に土合駅の待合室で御一緒した地元の登山者から聞いた話で, このコラムを書くきっかけになった話です。
土合駅は下りのホームが地下にあることが有名な駅です。ホームから地上の駅まで400余段の階段を約10分かけて登らなければいけません。
この駅は谷川岳への玄関口になっているのですが、駅前には数件の山荘があるだけで民家はほとんど無く閑散としており、この駅を利用する人のほとんどは登山者だと思われます。
そのため以前は列車の到着時間に合わせてその時だけ駅員さんが改札に立つという状況でした。
そうするとやっぱり運賃をごまかしてしまおう!とする輩が出現するのです。
駅員さんが改札に立っているのは電車が到着した後の数分間だけなので、ホームで十数分間待って、それから改札へ向かえば駅員さんの姿はすでに無く・・・といった具合です。
この方法で無人の改札を突破するのは学生など若い人が多く、中にはキセルを誇称して仲間に話す人も居たそうです。

ただこれは数年前までの話です。最近、上越線は合理化のためか、キセル防止のためかどうか分かりませんが土合駅(や土樽駅)の改札に駅員は置かずに電車内で車掌が切符の検札、精算を行なうようになりました。
それでもやっぱり一度知った蜜の味、登山者の中には意地でもキセルしてやろうという人が居るんですねぇ。
東京駅から土合駅まで電車で行く場合、水上駅までは車掌が検札に来ることはめったになく、上越線に乗り換えて初めて切符拝見の儀式が行われます。ということは水上駅を発車した電車が土合駅に着くまでわずか9分間の間に車掌さんと遭遇しなければ乗客の勝ち?ということになります。
上越線の車両は3、4両で運行されていますがこの9分の間に車掌がすべての乗客の検札、精算を完了することは時間的に無理です。車掌は電車の後ろから前方へ向かって検札をして行くのでキセルしようと企んでいる登山者は電車の前の方に乗ります。そして車掌と遭遇する前に電車は土合駅に到着となります。

ところがです!JRも考えました。車掌一人では検札出来ないのなら!と複数の車掌を乗り込ませました。電車の最後尾に一人、中間に一人・・・もしくは車両ごとに一人を配置し、電車が水上駅を発車すると同時に複数の車掌によるローラー作戦で電車が次の湯檜曽駅に着くまでに一気に検札が行われるようになりました。
こうやって土合駅では昔も今もJRと登山者の間で壮絶な?バトルが繰り広げられているということです。

若い人がキセルをやるのを見ても聞いても・・・お金も持ってないだろうし、いわゆる若気の至りってやつで、まーしょーがねえか!と嘲笑するぐらいなのですが、いい大人がキセルをやっていると「バカでねーの!いい歳してしょーもないことするな!」となぜだか思ってしまいます。
次の話はそんな「いい歳してしょーもないことするな!」と思ってしまった話です。


滝子山(笹子駅:中央本線)
滝子山は中央本線沿いの山で、山梨の秀麗富嶽十二景にも選ばれているほど富士山や南アルプスの展望が良い山です。
滝子山への最寄駅は初狩駅と隣の笹子駅ですが、私が初めて滝子山に登った時は笹子駅で電車を降りました。
駅は無人駅で改札に箱が設置してあり、電車を降りた乗客はその箱に切符を入れるようになっていました。
しかしです、電車を降りた登山者のほとんどは切符を箱に入れていません。
切符は持っているけれどけれど箱に入れるのがつい面倒だったのでしょうか?それとも・・・

この時が始めての無人駅経験!そして初めてのキセル目撃!ということになってしまいました。
新田次郎の山岳小説では「山を愛する者に悪人はいるか?」ということがしばしばテーマとなっていますが、登山者とは自然を愛し、そしていかなる試練にも耐え、ひた向きに山頂を目指す崇高なる者。がしかしそんなイメージとは真逆の光景に困惑してしまったのでした。

とは言うものの、もし私が事前に下車する駅が無人駅だと知っていたら、はたして正規の金額の切符を買うだろうか?正直に言ってちょっとズルしてしまおうかな!と思ってしまうのでは?・・・・「いかんいかん、山に雄大な景色を見に来ているのにそんなセコイ人間でどうする!」と大きく心が揺れ動きます。

最近になって笹子駅にも駅員さんが常駐するようになりました。またその他の無人駅も、最近は自動改札やスイカカード改札になったり駅員が常駐したりして無人駅はめっきり少なくなっているようです。
これでやっと、悪魔のささやきに惑わされることも無く、良心の呵責に悩むことなく駅を利用することが出来るようになりました。(って当たり前だろーっ!!!)

檜洞丸(谷峨駅:御殿場線)
ちょっとキセルとは関係ない話ですが・・・
西丹沢へのバスは小田急線の新松田駅から出ていますがバスの料金を少しでも安くしようと一度だけ途中の谷峨駅からバスに乗車したことがあります。
谷峨駅で電車を降りると駅は無人駅らしく、車掌さんがホームに降りて切符の回収を始めました。乗客が次々と車掌さんに切符を渡して行きます。そうしたら私の前に並んでいた10人ほどのパーティーが谷峨駅までの切符を買っていなかったらしく、ホーム上で精算が始まりました。西丹沢へ向かうバスがやって来る時間が迫りますが精算の列は中々短くなりません。私は精算はせずに切符を渡すだけなのでトットと渡してバス停へ行きたいのですが、列に割り込むのも気がひけてそれも出来ません。このパーティーもキセルをしようとして目的地までの切符をかっていなかったのではないでしょう。
電車も発車出来ず遅れています、乗客が何事か?とこちらを見ています。私はバスに間に合わないのでないかとハラハラします。
何で切符をちゃんと買ってないんだよー!と天に向かって嘆いたのでした。

北アルプス(松本駅他:中央本線)
北アルプスや八ヶ岳に行く時に利用するのが中央本線です。
山登りを始めた頃はとにかく登山にかける費用を安くするために鈍行を利用していました。自分で「(新宿から)松本までは鈍行、松本より先まで行く場合は特急に乗る」とルールを決めていました
ところが山から降りて来て鈍行で帰れるのは正直ツライです。少しでも早く自宅に帰って体を休めたいものです。当初、松本までは鈍行!と決めていたルールもいつしか薄れ、最近ではバンバンと特急を利用するようになってしまいました。
中央本線の特徴は特急とローカル線が同じホーム(同じ改札)だと言うことです。ですから乗車券で改札を通ってしまえば後は特急に乗ることが出来ます。

2002年の10月、連休ということもあって茅野駅から乗ったあずさ号は混んでいて通路まで乗客が立っている状態でした。
私も疲れた体で通路に立っていました。列車は小淵沢を過ぎ、もうすぐ甲府という地点まで来ると後ろの扉がスーと開いて車掌さんが検札に来ました。通路は登山客とそのザックで大混雑しています。何もこんな混んでいる中、切符を確認することもねぇーだろう?とため息をついていると私の近くに立っていた男性がザックを持って前の乗降口へ向かいました。ちょうど私の近くまで車掌さんが来た辺りで列車は甲府駅へ到着。先ほどの男性がホームを歩いていきます。「あー、さっきに人は甲府駅で乗り換えるんだ!」とぼんやりとその姿を見送っているとその男性はすぐ後ろの乗降口から再び電車に乗って来ました。それを見て一瞬あれっ?と思いましたがすぐにキセルだな!と感じました。タイミング良く列車が駅に着いたので車掌さんを避け、一度ホームに降りて再び列車に乗って来たのでした。
そして列車が八王子に着くとこの男性は何も無かったように列車を降りていきました。
それにしてもキセルのオーソドックスな手法、レトロな手法ですがここまでしてやるか?と思わずにはいられませんでした。
ですがこの方法も最近は難しくなりました。と言うのも以前は車掌さんによる切符検札は一度だけでしたが最近は列車が駅を出る度に座席表で乗って来た客を確認し、検札を行うみたいです。
ですから先の方法で車掌の検札を逃れたとしても座席に座れば新しく乗った客だと見なされて検札を受けることになります。

ところが、最近、この検札を逆手に取ったまた新たなキセル方法を見ました。
昨年の10月、松本から新宿へ向かうあずさ号に乗りました。自分の指定席へ向かうとそこにはすでに男性の登山者が座っていました。「あの〜、そこ私の席みたいですけれど」と声をかけるとその男性は少し離れた席へ移って行きました。
なんとなくその男性が気になって目が離せなくなりました。というのもその男性の座る姿が・・・背中をシートに付かせずに背筋をピンと伸ばした座り方がぎこちなく妙に違和感を感じたからです。
列車が茅野駅に着きました。ドカドカと乗客が乗って来てその男性に何やら声をかけました。するとその男性は座席を立ち、空いている別の席に移りました。
甲府駅でも同じです。だれかに声をかけられるとまた空いている座席へ移っています。

最近は乗客がそれほど多くない場合、自由席では電車が駅に着くごとに車掌が切符検札に来るようになりました。その分、指定席へは検札に来ない事が多いみたいです。JRもまさか指定席でキセルしている奴がいるなんて思っていないのでしょう。この男性はそこを逆手にとって指定席の空いている席に座る作戦に出たようです。
しかしこの方法、駅に着くたびに、座っている座席を指定した人が乗ってくるのでは?とハラハラしてやっぱり落ち着かないと思うのですが、そこまでしてキセルしなくてはいけないのか?んーん低く唸ってしまいます。

ところでキセルって単独行(一人)の人が多いですね。やっぱり数人のパーティーだと、同じパーティー内の他人の目がありますからキセルしにくいんでしょうね。

まー、何と言っても年に何度も(もしくは月に何度も)山登りに行っているとさすがに交通費がバカになりません。
次は私が実践している節約方法です。

山登りとキセル(2/2) へ続く

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