うたかたのオベリスク (1)

僕の友人の話をします。もしかしたらこの話を読んで気を悪くする人がいるかもしれませんがそこは「馬鹿な奴がいるもんだ!」くらいに考えてください。

僕の友人の河本は28歳(当時)になる。大学に入ってから山登りを始めたので山登り暦10年になる。性格はまじめでおとなしく実直な奴なのだがただ困るのは坂本竜馬に狂信していて酒を飲むと政治の話でやたらとからんで来る。
山登りに関しては自分なりのこだわりを持っていて周りが色々忠告、助言しても聞きはしない。山登りの服装だが上はヤッケか暑ければTシャツ、下はニッカーボッカ−で一年中それで通している。靴は皮の重登山靴でこれもいつも同じ。余談だが靴の底を交換しに登山店に行ったら店員さんから「買い直した方が良いですよ」と言われるくらい長く愛用している。ザックは40L位のダックス社のもので日帰りだろうが縦走だろうがやっぱりこれ一つで通している。装備に愛着があるのか無関心なのかは分からないがとにかく一つの物をずっと使い続けている。
山行形態はむちゃくちゃである。縦走の場合はテントではなくツェルトであるがシュラフは持っていかずセーターを着込んで寝ている。寒い時は新聞紙をセーターの下に巻いているらしい。夏はツェルトも無く、夜はポンチョを頭からかぶり木の下に朝までじっと座ってビバークしているらしい。ストーブなんかはもちろん持っていかない。食事は菓子パンやピーナッツなどをかじっている。
それからとにかく登山道を歩くのが嫌いでいきなり藪の中に突進したりする奴なのだ。

河本とは一度だけ丹沢に一緒に行ったことがある。ヤビツ峠から塔ノ岳に登り、山小屋に一泊して翌日は焼山まで縦走して道志へ下山するルートだった。初めて河本と登ったのだが奴の登る速さがあまりにも速く僕はバテバテになってしまった。河本が言うにはどの山も山岳地図のコースタイムの半分くらいの時間で登ってしまうらしい。地図の記載されているコースタイムはおじさん、おばさん用の時間なので若い奴は半分位で歩くのが当たり前だと豪語していた。
二日目は河本についていくのは諦めてマイペースで歩くことにした。そうしたら河本の悪い癖が出た。いきなり登山道を外れ藪の中に消えて消えたと思ったらとんでもない所から現れたりして僕を心配させた。
それから奴はゴミにもうるさい。ゴミの持ち帰りは当然であるがミカンの皮、梅干の種も持って帰れと怒る。ミカンの皮や種などは埋めておけば腐って土に返ると思うのだが「山は気温が低いので中々分解されない。だから生ゴミも全て持って返らなければならない」と力説していた。歩いている途中でうんこが出なくて良かったと思う。奴の前ではたとえうんこでも安心して放置できない。
奴に関してはその他に色々な逸話がある。鹿島槍ヶ岳に行った時は帰る予定日を過ぎても帰ってこないので心配していたら全身傷だらけアザだらけになって帰ってきた。この時も例の悪い癖が出てしまい登山道を外れて歩いていたら滑落してしまったそうである。それから正月に富士山に登った時は山頂で猛吹雪になり測候所の倉庫みたいなところに逃げ込んで寒くて朝まで足踏みしていたらしい。それから北アルプスのどこかは忘れたけれど雷が鳴り響き、周りの岩がジリジリと鳴っていた中を小屋を出ようとして小屋のオヤジや周りの人に止められたという話も聞いた。出張で東北に行った時は帰りにスーツ姿のまま月山に登り、ネクタイをしたままビバークしたと言っていた。
以上のように河本はすごいと言うよりも無茶、はっきり言って山バカである。

しかしここまでの話は序章でありいよいよ本題に入らなければならない。河本の凄さを語るのはこれからなのだ。

山登りが面白くなってきた頃の僕は河本のアパートが近いこともありよく遊びに行っていた。その日、河本に電話すると「出かけるので部屋に入って待っていてくれ」と言う事だった。河本は山の雑誌の”山と渓谷”や”岳人”を毎月購入していたので部屋の中にはこれらの本が沢山あった。この時も本を読んで奴が帰って来るのを待っていることにした。
本を読んでいる視線をふとテーブルに向けると大学ノートが置いてあった。表紙には”山関係”と書いてある。”山関係”とはなんと固いタイトルだろう。”山のノート”でもなく”山日記”でもなくタイトルのつけ方が河本らしくて苦笑いしてしまった。そういえば河本の登山歴について僕はよく知らないのであった。この際だ、河本には悪いんだがノートを見せてもらうことにした。
ノートには山行形態、パーティーの人数、コースタイムと感想などが書かれていた。なにげなく読んでいたら最後に書かれていた文字に目が釘付けになった。そこには山とは全く関係ない2文字が書かれていたのだった。

- うたかたのオベリスク(2)へ続かせようと思ったがやっぱマズイよな! -

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