和名倉山に敗退する

窓の外は晴れである。順調に行っていたら今ごろは飛竜山を歩いている時間だ。何もこんな晴れの日に部屋でパソコンに向っていることは無かったのだ。それにしても悔しい、腹が立つ。和名倉山に登山途中で敗退した自分が情けない。

和名倉山(白石山)は200名山の一つではあるが奥秩父縦走路からぽつんと離れた位置にあることから登山者は少ないということだ。ところが近年の中高年登山ブームで100名山、200名山を目指す人が増え、この寂しがり屋の山にも登山者が多少増えたらしい。山梨県側の将監小屋からの往復が登山のメインルートである。タクシー、自家用車を利用して一ノ瀬まで入ればこのルートはアプローチが楽ではあるがバスを利用して丹波から飛竜山を経て登った場合はかなりの時間がかかる。そこで埼玉県側の二瀬(秩父湖)から入山して和名倉山にテント泊し丹波に下山するコースをたてた。

三峰口を出たバスは満員だった。大輪で雲取山に登るらしい人が20人位降りる。それから落合で残り20位が降りた。ここでバスを乗り換えて両神山に登るのだろう。
さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った車内に一人残された。窓の外を眺めると時々、近くの山の間からも高い山が見える。近くの山が新緑の鮮やかな緑色に覆われているのに比べてすこし霞んで見える。空は快晴。青空の下で春の大気を帯びて浮かんでいる山はどこか気持ち良さそう。これからあの山に登るのだと思うと一気に気持ちは高揚してくる。

秩父湖でバスを降り、ニ瀬ダムを渡り、埼玉大寮の脇道を降りて吊橋に差し掛かる。橋に「スズメバチ危険のため通行禁止」と書かれていて最初から不安になる。吊橋を渡り標示を見ると僕が行こうとしている左は「山道、途中で行き止まり」と書いてあり、ますます不安になる。
この道はダム前の案内板には滝へのハイキングコースと出ていたが道はあまり踏まれていない。10分程歩くと水の流れる音がしてきて滝の前に出た。岩にペンキで書かれた矢印が左を指していたので滝の前を左に折れるがそこでパッタリと登山道が途切れてしまった。
目の前はガレ場になっている。「登山道はガレ場を登っているのだ。それで道がハッキリしていないのだ」と思いそのガレ場を登る。これがけっこう急ではあるが「そのうち登山道に飛び出すのではないか」と頑張って登る。しかし一向に道は見つからない。途中でザックを置き、空身になって上まで行ってみたがやはり見つからない。ここで「どうもおかしい、こっちではないみたいだ」と気づいて今登ってきたガレ場を降りる。滝のとこまで降りて再び周りを見渡してみると2,3m下にかすかに水平にガレ場を横切る道を見つけた。30分の時間のロス、今日消費予定のカロリー20%ロス、登山気分30%むくれる。
再び登山道に戻り歩き始めるが山の斜面につけられた道は細く、踏み外せば湖まですべり落ちそうである。100mほど進むと斜面の道は終わり木々に間にさっき渡ったばかりの吊り橋が直ぐ近くに見えた。吊橋を渡ってすでに時間は50分経っていた。それがまだほんの少ししか登っていないことを知ってガッカリする。
「ここでへこんでいてはいけない。先はまだ長い」と気を持ち直して歩いていると僕の30m位先をガラガラと岩がくずれて落ちていく音が聞こえた。見るとデカイ鹿である。突然の侵入者に驚いたのかスゴイ勢いで逃げて行った。白いお尻が木々の間に見えなくなるまで見送った。「驚かせてすまん、すまん!」と歩いていると今度は頭の上から「ブシュ−、ブシュ−」となにやら変な無い音がする。見上げてみると斜面の上に今度はカモシカである。カモシカがじっと僕を見据えている。「ブシュ−、ブシュ−」と鼻息が荒い。僕を威嚇しているのか?「すまん、すまん!」とデカイ声で謝ったらどこかへ行ってしまった。動物達の出演はまだ続いた。ゆで卵を食べていると目の前の木をリスが登り始めた。途中で僕の存在に気付いたらしく動きがピタッと止まった。しかし変な奴である。止まり方が中途半端で右足を上げたままである。とりあえず三点確保はしているが足を上げたまま微動だにしない。ザックからカメラを取り出した時にはもう姿は見えなかった。ここは野生動物の園か?人間は居ないが動物は多い。

登山道は所々に赤や黄色で矢印が書いてあるのだがやっぱり分かりづらい箇所がある。緩やかに傾斜している道を登っていると尾根に飛び出した。昔、ここに何か建造物があったらしく腐って朽ちかけた材木が残っている。道は二つに分かれている。斜め右に降って行く道と右に登って行く道である。標示板が昔は有ったらしく和名倉山と書かれた白い木片が足元に落ちていた。地図を見ると登山道は登りの道の方に違いない。一応、コンパスで方向を確認して進む。
登山道は一変して植林された杉林の道になり、道もハッキリしている。だがしばらく歩くとまたも道は二つに分けれていた。斜め右に登って行く道とそのまま水平に直進する道である。僕は直進する道を選んだ。登って行く道の方にはトウセンボするように枝が置かれていたし、直進する道の方の杉に赤矢印を発見したからだ。そこから5分ほど歩くと道は枯れた沢を横切った。昔、何かの作業で使ったらしい錆びたケーブルが沢の上まで延びている。
そこを過ぎて更に5分ほど登った所で僕の足は止まってしまった。道が忽然と消えている。ここまでの道は踏み跡は少ないが道はハッキリしていた。その道が林の中に吸い込まれるように消えている。そばの杉の木には赤ペンキが付けられている。意味は分からないがその赤ペンキの横にはEPと書かれている。赤ペンキの目印が有るのだから道は間違ってはいない筈であるが道の先が見つからない。周辺を歩き回って道を、足跡を捜した。しかし見つかるのはビブラムソールの跡では無く、蹄の跡だけだった。40分ほど付近を歩き回ったがとうとう道は見つけることは出来なかった。

ガイドブックを見ると作業小屋と書かれた先は藪こぎの道になるとある。すでにこの時点で一時間以上時間をロスしている。もし道が分かったとしてこのまま進んでしまうと藪の中で日が沈んでしまう事も考えられる。テントは持ってきているが藪の中での幕営は厳しい。それこそ登山道を外れて迷うことになる可能性が大きくなる。
「仕方ない今回は残念だが和名倉山登頂は諦めてこのままひき返そう。それに今だったらまだ明るいうちに下山できる」と自分に言い聞かせ、無念だが引き返すことにした。
枯れた沢を過ぎて道が二つに分かれている所まで戻った。ふと考えた。登山道は今自分が歩いてきた方ではなく、右に登る方の道なのかもしれない。地図で見ると作業小屋は沢の上にあるとなっている。ここを登って行くと先ほどの枯れた沢の上側に行き、そこに小屋があるのではないか。こう思い、再び登りの道を進んだ。しかし10mも行かないうちに「やはりもう遅すぎる、時間が無い」ことに気がついて下山の道を進んだ。

下山途中、僕の心境は「情けない」の一語に尽きる。山岳地図を見ると作業小屋までの道は実線の一般登山道である。それがその小屋にさえ行き着けない自分の無力さに腹が立つ。十年間、山登りをやってきてまだまともに歩けない自分が情けない。もっと勉強しよう。そしてもう一度挑戦しよう。

それにしても背中のザックが重い。ザックの中にはテント、シュラフ、マット、食料それに酒がたっぷり詰まっている。これをこのまま自宅に持って帰るなんて馬鹿としか言いようが無い。
今日を振りかって心に残るもの。それは鹿の白いお尻と新緑の中で食べたゆで卵の味。「まぁ、こんな日もあるさ!」と思いたいのだが重たいのは背中のザック。

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